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さよなら、カノン【小説版】

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終章



吹き抜けになっているテレビ局1階のアトリウムは、片側壁面が総ガラス張りになっていて、自然光が射しこんでいた。
アトリウムの一角がスタンドのあるカフェになっており、正樹はそのカフェで広告関連の取引先とミーティング中であった。
正樹は広告会社の担当者を相手に、自前の企画について熱弁をふるった。
カフェスタンドでは宮田がカウンターに肘を置いて、壁掛けテレビが放映するニュース番組を見ていた。
正樹のテーブルにカップコーヒーが運ばれてきた。
正樹は飲み物を担当者に勧めたあと、すかさず話を続けた。
「過去3年のチャンネル登録者数と配信視聴者数のグラフです。年々増加していってるのがわかると思います・・・」
正樹は資料を指し示しながら、担当者の反応を窺った。
「なるほど・・・」
正樹の熱心なプレゼンにも関わらず、担当者の反応は薄かった。
正樹の携帯電話に、着信を知らせるジングルが鳴った。
説明を続けながら、正樹はチラっと携帯を開き、発信者を確認した。
正樹は発信元に、”福住巡査”とあるのを見て、そっと携帯電話を閉じた。
「構いませんよ、電話に出ていただいても」
担当者が気を利かして、そう言った。
「いえ、急ぎではありませんので」
正樹は新たな資料を用意してプレゼンを続けた。
宮田はコーヒーカップを手に、壁掛けテレビから流れるニュース映像を視ながら、カフェのスタッフに話しかけた、
「ほんと気の毒な話だよな。土砂崩れに巻きこまれるとは」
スタッフは仕事の手を止め、テレビに目をやった。
テレビに映っていたのは、空撮カメラがとらえたと思われる崖崩れの現場であった。
崖の中腹に鳥居の太い柱と一台の車が折り重なって崩れ落ちていた。
スタッフ「本当に。不運としか・・・」
正樹はさらにギアをあげ、担当者に働きかけた。
「NBAでの日本人の活躍や、アニメ化で大ヒットしたスラムダンクの例を見ても、やはりバスケットボールは一定数根強い人気があります」
カフェスタッフが宮田の要求に応じ、テレビの音量をあげた。
「ダムの関係者が早朝、神楽山付近の周回道路で大規模な土砂崩れが発生しているのを発見し・・・」
テレビの音声が無意識のうちに正樹の耳に入ってくるが、正樹はプレゼンを続けた。
「確かに女子のスポーツ界に順風が吹いているとは言い難い。ですが・・・」
「・・・クレーンが到着し滑落した車が引きあげられました。車の中から。成人女性と幼い子どもが救出されましたが、その場で死亡が確認されました。警察はふたりの身元確認を急ぐとともに・・・」
正樹は耳から入るニュースに気を取られた。
「どうかされましたか」
「いえ」
正樹はプレゼンに集中するよう気を取り直そうとした。
だがニュース音声はそんな正樹に追い打ちをかけた。
「引きあげられた車の車種はサーブ96。車体の色は・・・」
正樹は立ちあがって、壁掛けテレビのほうに視線を送った。
神楽沢湖上空を飛ぶ報道ヘリからの空撮映像だった。
山の斜面にへばりつくように架けられた道路に警察や消防の車両が十数台停まっている。
カメラが地上の様子を映すべく、ズームアップした。
毛布を被せられた大小の2台のストレッチャー。
スクラップのように押し潰された黄色い車体。
正樹は一点を見つめたまま、戦慄した。


規制線をくぐって藤原は崩落事故現場に現れた。
現場は国土交通省土木局の職員と県警の警察官が大人数で仕切っていた。
レスキューの車両や小型ブルドーザーの間を縫って、藤原はさらに現場に近づいた。
福住から、先に到着したと連絡があり、藤原は福住を探した。
福住は二台の救急車が見える場所に芹沢と一緒に立ち、成り行きを見守っていた。
ストレッチャーに乗せられたふたつの遺体が救急車に収容されるところだった。
藤原は福住の横に並び立つと、目を閉じて少しの間黙祷した。
「ご遺体と対面できたの?」
「はい」
福住は沈痛な面持ちで、それ以上言葉が出なかった。
その福住の反応から、藤原は状況を察し、表情を曇らせた。
福住の隣で芹沢がデジタルカメラを救急車に向けていた。
藤原は芹沢に声をかけた。
「芹沢さんはいつからここへ?」
「はい、クレーンが車を引き揚げるときから」
「ずっと撮ってました? そのカメラで」
「はい。作業の邪魔にならないように・・・」
「見せてもらっていいですか」
芹沢は抱えているデジタルカメラを手に持って、一瞬躊躇した
藤原が手を差しだしているのを見て、首からストラップを外した
芹沢からデジタルカメラを受け取った藤原は、対角5cmほどの小さなプレビュー画面に映る画像に視線を落とした。
『クレーンで引きあげられるサーブ』が映っていた。
次の画像を表示する操作に手間取っている藤原に、芹沢が声をかけた。
「右上の白三角で次に送れます」
藤原は白三角を押した。
『黄色いボディにSAABの文字列』が見える画像に変わった。
そして次に表示されたのは、車から道路に落ちたと思われる『土砂にまみれた犬のぬいぐるみ』であった。
「次で最後です」
芹沢が言った。
藤原は最後の白三角を押した。
『助手席でカノンを抱きかかえる実穂子』の画像であった。
実穂子はカノンを庇護するように胸に抱え、傷ひとつなく美しい姿のまま、息絶えていた。




Fin

2024,3,24