認知症に遠い心の持ち方
その3
今年に入って彼女のことが気になって施設に電話を掛けたところ、職員さんが彼女を呼び出してくれた。しばらくして彼女が電話口まで出て来て懐かしい声を聴く事ができたが、「家では主人が元気にしております」と言うので、これは怪しいなとわかった。
私が、「御主人さんはもう何年も前に亡くなったよ」と言うと、「主人は元気です」という。しかも、お宅のご主人さんは元気ですかというので、とおの昔に亡くなったよというと、あらまあそうですかと吃驚したようだった。
同じ班に住んでいたので知らないはずがないのに忘れている。もう彼女の脳は忘却の彼方で幸せなんだなあと寂しく思った。職員さんが、此処は物忘れの介護施設なんです、と言った。
時々散歩中に転んだと言うこと以外は普通の優しい人だった。とても残念に思う。
完
作品名:認知症に遠い心の持ち方 作家名:笹峰霧子