ショートショート まとめ
勝利者
「私はもう、自信がありません。物心がついた幼稚園以来、勉強や運動会、遊びなどで勝負ごとに勝った記憶がありません。全然です。あったとしても団体で赤組か白組でそれに所属して勝ったというぐらいです。何とか自信をつけて、この先元気に生きて行くことはできないでしょうか」
もう中年になろうかというしょぼくれた男が有名なカウンセラーの所にやってきてそう言った。カウンセラーは色々と話を聞いていたが、これはあれをやるしかないかと思い、男に言った。
「では、退行催眠というものをやってみましょう、あなたの過去のあなたの知らない勝利の瞬間が見られるかも知れません」
男の記憶は二十代、十代と退行していったが、気の毒なほど負けてばかりだった。さらに幼児、乳児と退行して行った。やはり言う通りに全ての勝負事に勝ったことは無かった。さらに退行を進めた。
そして、カウンセラーは男を催眠から解いてこう言った。
「ありましたよ。それも素晴らしく競争率の厳しい争いが。あなたはそれに勝ったのです。
いいですか、あなたは何億という競争相手を負かした、たった一人の勝利者なのです」
作品名:ショートショート まとめ 作家名:伊達梁川