ショートショート まとめ
指は押し続ける
ブルルッと身震いでもしたように電車が揺れ、すぐに電車の中はいつものように変わりない風景が見られた。最近急に増えたスマホを見、指を動かす人たち。ほんの少しの間を置いて、スマホを操作している人たちの動きが不自然になった。指を押しつけている人、何度も指をたたきつけるようにしている人。バッテリーを確認している人。
昨日と似た一日が始まろうとしていた筈が、昨日と全く違う一日が始まろうとしていることに、少しずつ、やがてあらゆる人が気付きはじめた。
電車が減速して社内アナウンスが、数分遅れて到着であることを放送する。どこからともなく、いらだちをこめた舌打ちが聞こえる。車内では、携帯を取り出した男が、首をひねりながら指を押しつけている。
「やはり同じ症状みたいですね。急に反応が遅くなって壊れたのかと思いましたよ」
隣の席の男の手にはスマホがあって、「ほら、こんな風に1秒くらい押してやっと反応します」
その声を聞いた他の乗客も「お、皆そうなんだ」「どうしちゃったんだろう」「困るなあ、急いでいるのに」と、急に車内がざわめきだした。
女は、いつもより混雑した駅の構内から外に出て、ATMでお金の引き出しをするためにコンビニに向かった。駅から一番近いコンビニに入り、ATMの前の行列に並んでみたが、少し離れてはいるがATM台数の多い銀行に行こうと決めた。早足になったので、息を弾ませながら銀行に着いたが、すでに行列ができていた。
「いったい、何があったというの、困るわ」
女はいらだちの独り言を言いながら、ここで並ぶか、別のコンビニに向かうか悩んでしまった。
もうどこの企業でも事務を中心に電子化されており、、コンピュータが無いと仕事が進まない状況にというなっている。その端末のPCのキー反応が1秒かかるというだけで、もう朝からパニック状態であった。見積もりや通達のメール、振り込みなどに時間がかかってしまう。いや時間がかかる状況は通り超してしまっているといってもいいだろう。この現象にかかわりの少ない老人たちも、散歩がてらに見た行列の多さに疑心暗鬼になって、現金を下ろそうと銀行に並びだした。
この現象について救世主となって、正しい行動の仕方を報道しなくてはいけない筈のマスコミもパニックに陥っており、途切れ途切れに発表される内容も内容の無い、起こっている出来事を述べるだけであった。
手書きの文字を読み上げる形で、少しずつ正しいと思われる情報が報道されることになった。それによると、この現象は地球規模で起きており、前段階として(ぶるるっ)と身震いするような短い揺れがあったという表現は世界共通であった。この揺れには震源地というものは無く、全世界同時に起きているようである。そうした中、イライラしながら指を押しつけている人々が世界中にいる。
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この影響は世界各国の軍事施設も例外ではない。誤発進、あるいは着陸しそこなった機の墜落がかなりあったようだが、発表はされていない。何重にも保護され、誤発射を防いでいる筈のミサイルの発射もされたかもしれない。これも報道はされていない。ある国では、誤報ということに気づかず反撃のミサイル発射が誤作動も無く発射された。
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そして地球は、少しかゆみを感じながらも、悩まされ続けた地表の鬱陶しさが無くなったのを知った。
作品名:ショートショート まとめ 作家名:伊達梁川