迷子は泣け(続・おしゃべりさんのひとり言121)
ところがね。そんな僕も迷子になったことが一度だけあるんですよ。
方向音痴な弟は一度もないのに、僕は次の経験で一回カウントされちゃってて、とても悔しいです。
迷子は、『道に迷った時に起こるもの』だけじゃないんですよね。
僕は幼稚園児だったと思います。
とある公園で何かのイベントが開催されていた時に、人が溢れ大混雑している中を家族で歩いていたんですが、僕が父さんだと思って手をつないでいた人が、まったく知らない人だったってことがありました。
その方も自分の子供だと思っていたのか、気付いた時にお互い「あ」の表情で見つめ合って、正に『唖然』としてしまいました。
(だれ? いつから・・・?)
僕はすぐに逃げるようにその場から走り出して、本物の父さんを探しました。
でも背の高い大人たちに阻まれて遠くを見渡せないこの場所で、小さい僕には困難なことです。
こういう時は「動かないで、探しに来るのを待ちなさい」と親から言われていたのを思い出し、何もないそんな場所にじっとしていることにしました。
その時、どんな思いが頭の中にグルグルしていたのか忘れましたが、それはほんのわずかな時間だったはずです。でも僕はきっと不安な表情で、辺りをキョロキョロしていたんだろうと思います。
すると、一人の男の人が声をかけてくれました。
「どうしたの? 迷子?」
でも知らない人ですよ、このおじさんも。
(話をしていいのかな。叱られたりしないかな?)そんな不安がよぎったのだと思います。僕はどうすればいいのか分かりません。
(どこかに連れて行かれるかもしれない。言い付け通り、ここを離れちゃいけない気がする)
きっとまともに返事もできなかったのだと思います。そのおじさんは、僕を公園の管理事務所なのか何かの施設だったの分かりませんが、コンクリート造りの大きな建物に連れて行きました。移動したらダメだったのに。
そこに預けられて、係の女の人から名前や住所が言えるか聞かれたんだったと記憶しています。でも、(ここ何? 僕はどうなるの?)色々考えて、何も答えられませんでした。
それで僕は(泣くしかない)と思ったのを覚えています。
恥ずかしいけど、それが一番、この状況をうまく伝える方法だと思いました。
そうすると受付のカウンターの奥にあった椅子に座らされました。しばらくして別の係員の男性がそばに来て、僕を見て言いました。
「迷子? お母さんと来た? お父さんは?」
これもどうすればいいか分からない状況です。でも助けを呼ぶキッカケとして、
「・・・おかあさんとおとうさん」
僕は恐るおそる答えたような、答えていないような。よく覚えていません。
男性はその場を離れて行かれました。
その後すぐ、
♪ピンポンパンポ~ン♪
[迷子のお知らせです。小学校低学年くらいの青いシャツに半ズボンの男の子です。お心当たりある方は、○○までお越しください。繰り返します・・・]
と、たしかこんなふうに放送で呼びかけがされたんです。
普通はこれで安心なんでしょうけど、幼児はそんなことでは余計に不安になります。
(小学生じゃないのに、ちょっと大きいからって間違えられてるし)
(そんなこともちゃんと説明しなかったことを後悔)
(いや、恥ずかしい。名前さえ伝えられてないし)
僕は絶対(お・こ・ら・れ・る)という思いが、頭の中をグルグル駆け巡りました。
それから間もなく、父さんが走って来てドアを開ける姿が見えました。意外に早かったです。
「ひろ!」
僕を見付けるなり、父さんが叫びました。
係の女性が、ちょうどお茶を湯のみに入れてくれたところでした。
僕はそれを無視して立ち上がり、父さんのそばに駆け寄った瞬間、泣くのをやめました。
頬には涙の跡があるのに、すました顔をして誤魔化そうとしたんです。だって、本当は泣く必要なんてなかったんだから。
母さんに会った時も、「なんや、泣いてたんかぁ」って言われて悔しくなりました。
だって、間違って手をつないでた時は驚いたけど、大した恐怖なんか味わったわけでもないし。
ちゃんと(立ち止まって、探しに来るのを待てばよかっただけだ)って分かってたよ。
泣くほどのことじゃないって分かってたんだよ。
なのに、あのおじさんが声をかけて来て、知らない大人たちにリレーされて行って、こんなことになっただけじゃないか。
僕は「泣き虫じゃないけど、わざと泣く手段を取っただけなんだ」って、その時は説明できなかったけど、これが本心なんです。
つづく
作品名:迷子は泣け(続・おしゃべりさんのひとり言121) 作家名:亨利(ヘンリー)