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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Duds

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 おれはそう言うと、欄干ではなくタカの背中を蹴った。ナナミが悲鳴を上げ、タカは橋のすぐ下に積まれた土嚢の上に落ちた。落差はおおよそ、一メートル。島田がこの橋を怖がらないのは、欄干を突き破っても川に落ちないからだ。おれは録画を止めると、警棒を持って欄干を乗り越え、タカの元まで行って目隠しをしているテープを破った。
「勘が悪すぎるな。ポンカンはお前や」
 目をぱちぱちと瞬きさせたタカは、おれの顔をじっと見て呆然としていたが、やがて自分を脅していた正体と結びつけて、言った。
「テツ……?」
「その名前で呼ぶな、殺すぞ」
 おれが警棒を振り上げると、タカは顔を引いて目を細めた。おれはタカが『命乞い』をする動画を再生しながら、ボリュームを上げた。
「見かけたら、この動画ばらまくぞ。どこにも近づくなよ」
 返事は聞きたくなかった。『はい』でも『いいえ』でも、同じことだ。いつでも仲間を連れて、おれの前に来ればいい。力を貸してくれる仲間がいるならの話だが。おれは踵を返すと、寒そうに腕組みをしているナナミに言った。
「いこか」
 ナナミはうなずくと、欄干から首を伸ばして様子を窺いながら言った。
「待ってぽよ」
 口調はふざけていたが、声は少しだけ震えていた。ずっと、ナナミの頭の中は宇宙だと思っていた。本当に真っ暗なときもあれば、光の加減で星が見えるときも。今はそのどちらでもなく、ただタカに対して失望したように見える。今まで気づかなかったが、ナナミの飄々とした態度は、誰にも入り込まれないようにするための武器なのかもしれない。おれはゼロクラに戻ると、ナナミを家まで送って、フジの様子を見に家に立ち寄り、夜が明ける前に谷川が待つゴルフ練習場へ戻った。
  
  
「大変やったなあ」
 フジは専用の鉄板に油を引きながら、昨日のことのように言った。コマツが折れたノボリを留めるためのテープを借りに走っているから、今はおれとフジしかいない。タカを欄干から蹴落としてからおおよそ一カ月が経ったが、今のところ『仲間』どころか、タカ本人の顔すら見ていない。谷川に約束通り二万円を払ったことで、おれが今までにないぐらい金欠になっただけだ。テキ屋のバイトにしても、顔ぶれが微かに変わり、フジが頭を下げる相手が桐山のおやっさんに切り替わった。ただ、それだけだった。
「桐山さんは、ほんまにかなわんわ。考え方から何から何まで、正論よ。ビシっと筋が通ってはる」
 フジが言い、おれはうなずいた。
「カタギですし、その辺は綺麗なんちゃいますか?」
「でも、テツヤ。これがよ」
 フジは指をお金の形に丸めた。かといって、タカが金払いが良かったかと言えば、そうでもない。おれが苦笑いを浮かべると、フジはケータイを取り出して、ロック画面の壁紙を眺めた。ひっくり返った家の内装の写真だが、タンスの隙間に光る指輪が写っている。
 熱病に浮かされたように動いたあの日のことは、まだフジに言えないままだ。あの後フジの家に寄ったとき、タンスの裏に指輪を放り込んだことも。なんとなくだが、フジには何も恩に感じてほしくない。その辺はコマツにも言ってあるし、ナナミはタカが誰だったか、すでに忘れかけている。おれは煙を上げ始めた鉄板に生地をぽんぽんと流し込んで鉄板を閉じると、ぐるりとひっくり返して言った。
「それ見せびらかしたら、今度こそホンマに狙われますよ」
「せやから誰にも分からん写真にして、見とるわけよ」
 フジは歯を見せて笑うと、眉をハの字に曲げた。
「しっかし、安田が偽物を掴ませるような奴とはな……」
 おれは首を傾げた。タカの話について触れないようにすると指輪の話もできないし、実際本物なのか確信はない。タカが当てにしていたということが分かっているだけだ。今となっては、タカ経由で知った名前は全員が詐欺師に見える。安田がタカすら騙している可能性もあるし、結局のところおれには分からない。
「でも、奥さんがつけとったのは、間違いないじゃないですか」
「せやな。そっちの方が大事やな」
 フジはそう言って、歯を見せて笑った。泣いたらどうしようかと思ったが、フジは基本的に明るい。コマツがテープでぐるぐる巻きになったノボリを持って帰ってきて、おれが立てるのを手伝っていると、言った。
「バーって、どんな感じなん?」
「おれらには、洒落すぎてる」
 今までなら、住む世界が違うと思ってそこから先は考えもしなかった。島田の妹が働いているステーキハウスもそうだ。約束通り島田と晩飯を食べに行ったとき、例え島田のようにはいかなくても、少なくとも今のままなら未来がないことは分かった。ちゃんと働かないと、ああいう場所には出入りできない。ずっとそう思っていたし、今も考えは変わっていない。でも今は、同じ地点で終わっていた考えの先に、何かが見えている。例えば、淡い照明に照らされる寒川の横顔とか。
 パブストビールの看板が光るバーには、あれからもう一回顔を出しに行った。でも、一時間で財布の中身がすっからかんになるようでは、始発まで何杯も飲み続ける寒川とどれだけ盛り上がりたくても、序盤だけですぐに時間切れになってしまう。寒川はお酒が飲めるなら、タリスカーのソーダがおすすめだと言った。
 とにかくそこには、今までに見たことのない外の世界があった。フジがおれの背中をぽんと叩くと、言った。
「テツヤ。おってくれよ頼むぞー」
 おれはうなずいた。もちろん、ここにいる。
 でも今は、それだけじゃなくて、ありとあらゆる場所にいたい。
作品名:Duds 作家名:オオサカタロウ