色々な掌編集
そう思ったのです
紅葉には少し早かったのですが、それでも日本庭園にあるモミジは綺麗に色づいており、わたしは思わず「わぁ!」と声をあげてしまいました。
あのひとがわたしを見る視線を感じながら、わたしは精一杯の笑顔をつくったのでございます。なにしろ、久しぶりの外出でありましたので、もう病気のことなど忘れておりました。
池にかかる橋をゆっくりと渡っておりますと、池畔の黄色い色と水面に映る少しくすんだ色が綺麗で、また「まぁ、きれいだこと」と声が出てしまいました。すぐに、あのひとが急に立ち止まったので、わたしはその肩のあたりに顔をぶつけてしまいました。
「おっと!」とあのひとがわたしの頭に手をおいて、撫でるようにしたのです。わたしは、嬉しかったのですが、頭の中に〈おっと〉という言葉が残っていて、それは〈夫〉をイメージさせてしまい、わたしはその甘さを含んだことばを使うことの出来ない自分を悲しく感じてしまいました。
気を取り直して歩き始めまして、「あ、亀の浮島があるね」と言ったのに、何も反応がございません。あれっ!と、わたしは周りを見回しました。あの人は、数メートル離れたところの橋の縁から池を見ていました。その様子からすぐに立ち上がることは無いだろうと思いまして、わたしはあのひとの側に戻ったのです。
いつも、あのひとが前を歩き、わたしがその後ろを歩くということが多かったのです。あのひとは隣に並んで歩けばいいのに、と笑っておっしゃってくださりました。でも、これは、わたしのこだわりでありました。