色々な掌編集
その日の朝は少し寒さを感じて目を覚ました。部屋の窓から涼しい風が入ってくる。「ああ、夕べ……。」少しずつ頭が覚醒してくる。はっとして隣を見た。
女はいなかった。
俺は夕べのことをひとつひとつ思い出しながら、夢じゃないのを確認した。万年床の上のタオルケットを手に取るとかすかに女の匂いがした。それからしばらくぼーっと女の顔を思い出そうとしていた。少しずつその顔があいまいになっていく。
気を取り直してトイレに入る。戸を開く前に、それでもまだ女がいるかも知れないとの思いを捨てきれずに戸をノックした。シーンと静まりかえった部屋に音が響く。ついでに放尿しながらもまだ、諦めきれずにまだ探す場所があると思い、急いでジーンズのファスナーを閉めるときに、陰毛を巻き込みぎゃっ! と叫んでしまった。
風呂場にはいなかった。押入を開けたら汚れた衣類が崩れ落ちてきて、足下にしなだれかかる。俺はそれを蹴飛ばして、小さな台所に行き流しの下の扉を開いた。
「ここにもいなーい」と頭のなかで勝手にしゃべる。食器戸棚の戸を開けて「ここにもいなーい」と頭の中でしゃべらせる。ゴミ箱をかき回して「ここにもいなーい」、冷蔵庫を開けて「ここーにもいなーあーい」、再び部屋に戻り万年床を引き剥がし下を見る。「ここにもいなーあーいー」。
机の引き出しを開けて「ここにも、ん?」。封筒に入れた家賃を払うためのお金が無くなっている。クマさんの貯金箱も無い。
俺は部屋の真ん中で放心していた。ぼーっとした頭で損得の計算をしている。女の身体を背中で感じた。白い足に口付けした。寝顔を見た。これだけで何万円も払ってしまった、いや盗られてしまった。俺にとりついたブルースは終わりがなかった。