続・おしゃべりさんのひとり言/やっぱりひとり言が止めらない
初心者におすすめの方法は、熊手より草刈り用の鎌を使うと力が要りません。砂に深さ10~15センチくらい、5センチ間隔で広範囲に切り込みを入れて行くんです。
するとカツンと硬いものに当たる瞬間があります。大抵は、牡蠣殻とか石ころとかですが、その内、大きな貝に当たるんです。それを手で掘り起こせばいいと言う訳です。
僕も初めの頃は他人の真似をして鎌を持参し、一心不乱に砂を引っ掻きまくりました。
そうして何個かのハマグリを持ち帰ることが出来て、それが病みつきになったんだけど、体力のない人は、しゃがんだ姿勢でそれを繰り返すのはかなりの苦痛となる訳で、その3時間の対価がハマグリ5個くらいでは、音を上げるのも仕方ないですよね。
僕はこの作業が楽しかったのではありませんよ。
鎌を使ってハマグリを探す方法は、この砂州ではほぼ全員がしてるんだけど、よく見ると腰にぶら下げた袋パンパンにハマグリを詰めてる、冒頭で紹介したおじいさんと出会ってしまったからです。
僕は(どうやったらあんなに獲れるんだろう?)と不思議に思いました。
あの年齢からして、やたらめっちゃかに砂を掻いたのではないと解るし。水に潜ったりして、人があまり獲らない場所に行くとも思えない。また、特殊な道具も持っておられないようだし。
暫く目で追っていくと、おじいさんはしゃがみ込んで、片手を砂に入れてゴソゴソされた後、手を砂から引き抜くと、その手にはハマグリが握られてる。
どうやって見付けられたのか、よく判りません。
それからずっと、そのおじいさんの動向を目で追い続けました。
するとまたしゃがんで、砂からハマグリを抜き獲る。そして移動をして、また同じことを繰り返されています。2~3分に一回くらい、ハマグリを見付けておられる。
僕はもう我慢が出来ず、その方を追っかけました。
「あの、どうやったらそんなに獲れるんですか?」と声を掛けました。
すると、おじいさんは驚く様子もなく、「慣れやわ」と仰いました。
恐らく今までも多くの方から同様に質問されて来たんでしょうね。
そう言うと僕のことは気にせず、また下を見ながら歩き出されました。
僕はその後を付いて行きます。それも承知の上で歩いておられます。
暫くすると、指で「ここ」と差されました。僕に教えてくださってるんです。
僕はそのポイントを凝視しました。でもその周りの砂の模様と何ら違いを見付けられません。
「掘ってみいな」と言ってくださいましたので、
「いいんですか?」と言いながら、砂に鎌を突っ込んで、その中を探ってみると、コツン! 手を砂に突っ込むと、指先につるんとした固いものが。
(え? マジ?)僕はそれを引き抜くと、大きなハマグリでした。
「ほら、なんや言えんけど、そこにおるって分かるんや」
「まるで超能力ですね。全く見当が付きませんでした」
そしてまた周囲を徘徊し出されました。すぐに立ち止まられたので、僕はじっと砂の表面を凝視します。でもまた移動されます。(なんだ、そこは違うのか)
そしてまた立ち止まっては歩き出される。そんなことを繰り返した後、今度も砂を指差しながらしゃがみ込まれた。(そこか!?)
僕はその砂の表面に全神経を集中して考えます。
そこには波による砂紋が浮き上がっていて、(貝がいるとその水の流れが乱されて砂紋に影響が出るのではないか?)とか、(貝のいる部分の砂だけ水分に変化があるのではないか?)とか、(単純に盛り上がっていないか?)とか。出来る限りの想像力を働かせました。でも決め手となる考えには至りません。
「何か特徴でもありますか?」
「さあ、なんやろうな」
そうしてるうちに、そのおじいさんは、砂に手を突っ込んで、また一つ、ハマグリをゲットされました。見る限り、百発百中です。それを目の当たりにしても、何が手掛かりなのかさっぱり解らないんです。
「永年の勘やで」そう笑いながら言うと、そのハマグリ名人は、またキョロキョロしながら去って行かれました。
この時から、僕はこの技術を習得したくて、慎重にハマグリを探すことにしたんです。
鎌で砂を掻く時も、表面の様子をよく観察しながら、カツンと当たったら、その場所の砂の硬さとか水分量とかもよく感じながら掘り起こすようにしました。
それでいくら考えても、はっきり言って、何も違いがありません。
確かこの年は4回も潮干狩りに通いました。仲間を連れて来て獲った貝でBBQをしたりってこともありましたが、通常は妻と二人だけで来ます。
家が近い訳じゃないんですよ。車で高速2時間以上かかりますから、娘はすぐに飽きて付いてこなくなりましたけど、妻はこんな僕に今も付き合ってくれています。
あれからは砂州に行く日が合わないからか、あのハマグリ名人に出会うことはありませんでした。似たようなスタイルでキョロキョロされてる別の方もたまにいらっしゃいますが、教えを請うような事はしなかったです。
そして最初の5年間ぐらいは、僕のハマグリ感知能力には、なんの成長も見られませんでしたが、ある時、何気に砂に入れた手に硬いものが当たり、引き抜くとそれはカガミ貝だったんです。
ハマグリではなかったにせよ、この直前にひらめいたというか、どこか確信のようなものが出来て、そこに貝があるって予感がしたんです。
(目標だったあのおじいさんに、やっと近付けた!)と思いました。
具体的に言うと、砂地の表面が張っていると言うか、トランポリンのように上下にポワンポワンした弾力があるようなイメージが、そこに見て取れたんです。
足で踏んでも周囲とそれほど違いは分かりません。それくらい僅かな違和感があり、僕はこれを目安にしようと思いました。
実際には貝が埋まっている砂地がいつもそのようになっている訳ではなさそうです。だから鎌で偶然探し当てた時の砂の表情からは、何も特徴がつかめずいたのです。
トランポリンの感覚を頼りに探し出すと、(ここかも)と思う所に、いい確率でハマグリや他の貝を見付けられるようになってきたんです。
きっとそれ以外のところにもたくさん埋まってるんでしょうけど、砂の中10センチ以内の深さに埋まっている貝に、何か特別な動きがあった時にだけ、そこの砂にそんな微かな違いが現れるんだと思います。
ただ、カガミ貝やアオヤギもよく出て来るので、ひょっとすると、あのおじいさんとは目安そのものが違うのかもしれません。
今では百発百中からは程遠いですが、他の貝を除けば、30%位の確率でハマグリを見付けられるようになってきました。
最近は年に1~2回しか行ってないけど、後どれくらい修行すれば、僕もハマグリ名人になれるのでしょうか?
十数年前に出会ったあの師匠、もう偶然お会いする機会もなかったですが、今もお元気でしょうかね。