続・おしゃべりさんのひとり言/やっぱりひとり言が止めらない
やっとのことで、山頂に辿り着いたが、予定より2時間近く遅れている。
なぜこんなに計算ミスしてるのか解らない。
頂上は結構多くの人で賑わっていた。僕らが登って来たルートはあまり人気が無かったようだ。
まだ次から次に他のグループが頂上に辿り着いて来る。彼らは僕たちとは違う滋賀県側から登って来ていたのだ。
山頂は電波が入ったので、Googleマップで確認すると、そっちは頂上のすぐ下くらいに駐車場があるじゃないか。
(ま、いいか。それじゃ練習にならないし)と、騙された気分を自分で騙しておいた。
そして僕らはこの山頂で、ちょっとしたパーティをするつもりだった。何せ今日は、妻の誕生日。
前の日に準備しておいたサンドイッチやケーキを、楽しみに持って来ていたのだ。
僕は頂上では必ず登山靴を脱ぐ。疲れた足を開放すると、体力が回復する気がするんだよね。
暫しのリラックスタイム。
僕らは山で湯を沸かしたり、バーナーで調理したりはしない。荷物が邪魔と言うのもあるけど、富士山でも持って行く予定が無いから。
でも山頂では絶対、美味しいコーヒーを味わいたい。
サーモスボトルに入れて来たお湯でコーヒーを淹れて、スイーツを楽しむ予定だったけど、あまりゆっくりしてる時間は無かった。
パーティはそこそこに切り上げて、早速下りることにする。
下りるルートは、回り道せずに最短ルートに変更した。ガイドマップに書かれた目安タイムは当てにならなかったので、急がないと暗くなると思ったんだ。
遥か彼方の林の中に、麓の駐車場が上から見える。
(今からあそこまで歩くのか・・・)気が遠くなるくらい、遥かはるか・・・
下り始めは灌木の中の一本道。でもすぐに林の中に入ったので、(さすが最短ルートだ)と思った。
でもそこからが予想外。ルートが急坂だけに、つづら折りのようにギザギザのルートが延々続くんだ。
そこかしこにチェーンが張ってあって、それを掴まないと落ちそうで降りられない。
僕はこんな道でもひょいひょい歩けるけど、妻と娘はとにかく慎重派で遅いのなんの。
(やばい、これじゃ暗くなるまでに駐車場に着けない)そんな気がする。
「ちょっと急ごう」
「こんな道急いだら危ない」
「でも時間が」
「初心者コースと違ったん?」
「ガイドマップが嘘だらけなんやもん」
ネットで調べても初心者~中級者向けと記載されてたし、ガイドマップだって楽しそうに書いてあるのに。
でもここは間違いなく上級者コースである。ピッケルや命綱が必要なくらい。
「やばい、お腹痛くなってきた」
娘が突然、うずくまってしまった。
「どうした? 運動しすぎて、腸でもねじれたか?」
「生理来た」
それは予想外に早く来たそうで、バファリンを持ってなかった。(これは登山にも必需品だと知った)
休み休み下りるしかない。
途中、谷川に沿って下りるとまた、ゴロゴロした岩の上を歩かないといけなかった。どうしても速度を上げられない。
道に迷うような心配はないが、崖のような斜面をロープにぶら下がるように降下したり、砂防ダムの壁を10メートルくらい鉄のハシゴで下りたり、橋の無い小さな支流を跳び越えたりしないといけなかった。
「お腹下して来た」
娘が泣きそうな声で言う。
「え? ピーピーか?」
「うん、下痢」
最悪である。
「沢の岩陰でしておいで」
「そんなんようせん!」
「するしかない」
「絶対にイヤ!」
年頃の娘だけあって、誰もいない山中でも『野〇ソ』の汚点だけは記録しなかった。
ようやく滝があるところまで降りて来ることが出来た。と言う事は、もう一般的なハイキングコースである。足元が楽になった。
でも喜んだのも束の間、ガイドマップはイラスト化されていて、正確な距離や位置関係が読み取れない。電波も入らないから地図アプリを見られない。
この先、滝が5個ぐらい離れて連続するのは分かるけど、つまりその落差も下りないといけない訳だ。
歩けど歩けど、ゴールは見えない。
そりゃそうでしょ。ハイキングコースだけで一日十分楽しめるんだから、そんなに短いはずもない。
スマホには、GPSで位置確認できる地図を、事前にダウンロードしておく必要があると解った。
結局暗くなる前には、なんとか駐車場に辿り着くことは出来て、登山事務所に下山の報告に寄ると、
「ああ、お疲れさん。やっと下りて来はったなぁ」
そこで待っていたおじいさんが、労をねぎらってくださった。
「ただいまです」
「入山カード入れといてくれたけど、予定時間になってもなかなか帰って来えへんさかいに、心配しとったんや」
「このガイドマップの目安時間、おかしくないですか?」
「みんなそう言わはるわ(笑)」
「計算し直した方がいいですよ」
「どのルートで行かはったんえ?」
「遠足尾根から登って、時間かかりすぎたし、帰りは最短コース取りました」
「ああ、そりゃしんどかったやろ、それ逆コースや」
「逆って何?」
「最短で登って、下りる時、遠足通らにゃ歩き難いわ」
「なんですと~? 遠足尾根までがホントに大変でした」
「あれは、楽しい“えんそく”とちゃうで、“足が遠のく”って言う意味やで」
「ええ~~~~!!!」
「登る前に聞いとったら、教えたったのにな」
その後、娘は暫く公衆便所に入って復活した。しかし、妻の機嫌は最悪。
帰り道、閉店間際の花屋に立ち寄り、花束を買ってご機嫌を直してもらったのだった。
こんな登山があったせいで、本番の富士山が余裕のハイキング気分に感じたのはよかったけど。