さよなら、カノン
テーブルの上に小学1年生のドリルが置かれている
ドリルの問題に挑んでいるカノン
カノンの隣に座り文字の書き方を教える実穂子
庭から”ママァ”と時折声が聞こえるが無視する実穂子
玄関チャイムが鳴る
室内インターホンに映る福住の顔を確認して玄関ドアを開ける実穂子
いきなりカノンの元気な声が飛びこんでくる
顔をしかめる実穂子
福住 「どうかされました?」
片方しかなくなったブランコのロープにカノンがしがみついて遊んでいる
ブランコ本体がぎしぎしと音をたてて軋む
実穂子 「いいえ。きょうはわざわざお呼び立てして」
福住 「カノンちゃん、いかがですか」
実穂子 「それが・・・。福住さん、とにかくわけがわからなくて」
福住 「わけが?」
実穂子 「ほら、壊れたブランコ」
福住 「ブランコ?」
実穂子 「あ、いま、犬小屋のほうに」
犬小屋に接するように三輪車が置いてある
三輪車を踏み台にして犬小屋の屋根に登ろうとするカノン
福住 「犬小屋?」
実穂子 「(犬小屋に向けて)危ないからやめなさい」
呆気にとられる福住
実穂子 「とにかくやんちゃで・・・」
福住 「やんちゃ? そうなんですか。そうは見えませんけど」
実穂子 「私には手が負えません。連れて帰ってもらえませんか、あの子」
福住 「あの子? というと」
実穂子 「自分はカノンだと思ってるあの子です」
犬小屋の屋根に座ってシロの名を呼ぶカノン
福住 「カノンちゃん? 見たところお家の中でお勉強してらっしゃる。あれ、カノンちゃんですよね」
実穂子 「(ダイニングを振り返って)あの、福住さん。あのカノンは見えるんですか」
福住 「(怪訝そうに)ええ、まあ」
実穂子 「カノン」
勉強中のカノンを呼び寄せる実穂子
実穂子 「カノン、お前を一生懸命探してくれた警察のお姉さん。ご挨拶なさい」
カノン 「こんにちは」
そう言ってすぐ実穂子の背後に隠れるカノン
福住 「まあ、お利口さま」
実穂子 「もういいよ、カノン。お勉強の続きを」
ダイニングテーブルに就きドリルを再開するカノン
福住 「(笑顔で)よかったです、とにかく。お子様が戻られて」
実穂子 「それはとっても。警察の方々には感謝しています。ですが、私が言いたいのは主人が警察から連れ帰ってきた子」
福住 「えっ? カノンちゃんでしょ」
実穂子 「庭で遊んでいる。ほらいま犬小屋から降りようとしている」
庭を見回して真顔で実穂子に
福住 「誰もいませんけど」
実穂子 「見えるでしょ。カノンと瓜二つの子が」
福住 「実穂子さん・・・」
実穂子 「しっかり見て。ほらまたブランコで・・・」
福住 「ごめんなさい。私には・・・」
実穂子 「なんで見えないんですか」
ヒステリックに叫ぶ実穂子
福住 「(実穂子を冷静に見て)吉川さん・・・(心配する)」
実穂子 「(涙声で)なんで見えないんですか」
福住 「見えてますよ、カノンちゃん。ちゃんと」
実穂子 「だから、そうじゃなくて・・・(言葉に詰まる)」
福住 「実穂子さん」
実穂子 「わかってます。私は疲れている。私は疲れきっている」
平静を取り繕う実穂子
実穂子 「ごめんない。こんな玄関で。どうぞおあがりください」
福住 「いえ、きょうはここで失礼します。実穂子さん、いまはカノンちゃんのことだけ考えましょう」
福住が制帽を被り直して吉川宅玄関を後にする
福住の視界の隅でブランコのロープが揺れている
玄関ドアを閉めドリルに取り組むカノンを見る実穂子
福住の問いかけを反芻して呟く実穂子
実穂子 「そうですね。カノンのことだけ」