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さよなら、カノン

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細い三日月に薄墨色の雲がかかる
山間部の対面2車線の道路をひた走るサーブ
トンネルを抜けると眼下に穏やかな湖面が拡がる
神楽沢ダムの建設によって形成された人工の湖通称神楽沢湖である
神楽山の山裾に点在していた村が湖底に沈んでいる
神楽沢湖の湖畔に沿って道路が取り付けられている
取付道路は湖面の標準水位から数十メートルの高さで湖を半周している
サーブは神楽沢湖を見下ろす取付道路を走行する
すれ違う車は一台もない
取付道路の比較的高さのある地点に車が数台駐停車できるパーキングエリアがある
湖を一望できる展望台になっている
その展望エリアには人の背丈の数倍はある古木でできた鳥居が湖を見おろすように
建っている
鳥居があるだけで他に神社関連の建物や石碑等は皆無
鳥居の柱にはかろうじて”龍尾稲荷神社”と読みとれる彫りこみが残っている
展望エリアにサーブが停まる
ダッシュボードからポシェットを取りだし車を降りる実穂子
鳥居にもたれかかりポシェットからタバコを取りだす実穂子
展望エリアの湖側には鉄製の柱が等間隔に立てられている
柱と柱とは4本の太い鉄チェーンが架けられており防護柵の役目をしている
その柵に白い板の看板が取り付けてある
”いのちの電話ホットライン”
その文字の下に小さな字で書かれた文言と電話番号はほぼ消えかけている
タバコにライターで火をつける実穂子
ライターの火をしばし見つめる実穂子
深く吸いこんだ煙を宙に吐きだす実穂子
鉄柵に向かって歩き鉄柱に手をかける実穂子
実穂子の指の間から短くなったタバコが滑り落ちる
タバコは崖地をつたい漆黒の闇に落ちていく



作品名:さよなら、カノン 作家名:JAY-TA