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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Dollface

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 それから、沙也を攻撃してしまわないように距離を保ち始めたおれは、少しずつ家族との関係から滑り落ちていった。自分のことが整理できていない状態で他のことが手につくわけもなく、仕事で苛々していることが多くなり、結果的にプロジェクトを炎上させて一旦『休む』ことになった。リフレッシュ休暇という名目ではあったが、休んだところで何の効果もないことは分かりきっていた。
 沙也は家にいるおれのことを怖がるようになった。おれもどう接していいのか分からなくなり、沙也が中学校に上がって半年が経ったとき、冗談どころか言葉も発さなくなったおれに、直美が見切りをつけた。
 沙也と最後に交わした会話は、『佳世がクラスでのけ者にされている』という話で、おれも覚えていなかったが、小学校時代からの友達だったらしい。首謀者は夏原という品行方正な生徒で、下手に動くと自分も標的にされそうだから先生にも相談できないと言っていた。沙也に相談をされることなんて滅多にないことだったから、張り切ってその解決策を考えていたが、ひとつも思いつかない内に、直美から離婚届が差し出された。おれは家に残り、直美は沙也を連れて親戚の家に移った。それで正解だったと思う。
 おれは自分をコントロールできないが、目が現れたらどうすべきか、その治療法は理解している。ひとりで暮らす家に『目』を連れて帰って来たのは、三年前のことだ。黙るまで痛めつけ続けて、やがて悲鳴を上げなくなる姿を見たときに、やはり自分を治す唯一の方法がこれなのだと、確信した。同時に、寒気がした。自分はいつか、沙也を殺していたかもしれないのだ。
 死体を解体するのは力仕事だったが、気管以外に問題がないおれからすれば、全く問題のないことだった。むしろ、この程度の労力で自分の娘を殺さなくて済むなら、安いものだった。おれが自分を治さなければならないのは、数年に一回ということも分かった。だから、数か月前に二人目の『目』を処理した。自分を治す方法が分かっているから、仕事は再び順調になった。このまま、ずっと続けば良かったのだが。
 先週の月曜日、ガレージに三毛猫が入ってきた。首輪の下にカメラをつけていて、随分と神経質な飼い主だと呆れたが、初めて訪れた場所でべったり寝そべるような猫だから、世話に手を焼いているのだろうと思い、ミルクを皿に入れて飲ませた。満腹になったのか、猫はそのまま寝てしまった。おれは相手をしている内にくしゃみが止まらなくなり、猫アレルギーがあるということが初めて分かった。
 四十歳を過ぎても、人生は発見の連続だ。猫は一時間ほど昼寝した後、帰り際に突然バケツに飛び乗って倒し、中に残っていた水をまるまる被った。その間抜けさに笑いながら、おれは猫を送り出した。
 猫が寝ている間にカメラから抜き出した動画は、若い男の顔から始まっていた。飼い主で、その鳥の巣のような頭やだらしないスウェットの首元から想像するに、引きこもりだろうと思った。若い男がカメラをセットし、猫の目線になった後は、どんどんおれの家に近づいてきて、屋根から飛び降りて勝手口からガレージに入ったことが分かった。
 ケースから飛び出した手に気づいたのはその後で、タイミングとしては遅すぎた。おれはあの猫を送り出してはならなかったのだ。間一髪抜け出したが、おれの名前は全国ニュースに載り、すでに二日が過ぎている。おれが家族のために買った家は、ネットでは『拷問屋敷』と呼ばれているようだった。まあ、実際に中で拷問をしていたわけだし、そこについては言い訳の余地もない。おれは分からないことがあったら徹底的に調べる性質だし、数か月前に二人目を捕まえたときも、自分を治療する最速の方法が分かるまで、相当な回り道をした。でも、ようやく分かったのだ。最も効率がよかったのは結局、原因を取り除くことだった。そのとき、もし次があるとすれば、まず相手の両目をくり抜くことに決めた。おれだって、必要以上に被害者を苦しませたくはない。ただ、原因が分からなくて困っていただけだ。
 もちろん、おれが自分で自分を治療する方法が犯罪だということは、理解している。捕まれば、死刑になるということも。心神喪失を疑われるかもしれないが、そこまで狂っているつもりはないし、真面目に治療をしてきただけなのだから、後悔はない。悔やんでいるとすれば、友達がイジメに遭っているということに悩んでいた沙也に対して、何のアドバイスもしてあげられなかったということぐらいだ。でも、それですら、妙な巡り合わせで解決するかもしれない。沙也は真剣に話を聞いているおれに、自分の意見を色々とぶつけてくれた。
『ああいう、真面目ぶって裏でめちゃくちゃしてる子って、ほんと厄介』
 同感だ。おれ自身がそういう人間だから、よく分かる。
 警察の気配を感じて家から抜け出したとき、おれはまず夏原家までの道を辿った。パトカーが一台停まっていて、全員が一階に集まっているようだった。家を見上げていると、例の猫がおれの隣を通り過ぎていき、開けられた二階の窓から中へ入りこんでいった。一時間も経たない内に事情聴取が終わって、家の中は一気に静かになった。遥か昔に感じるが、まだ三日前のことだ。目を細めて、おれは仕事用のメモ帳を眺めた。
 猫の名前は、シンディ。
 カメラをセットしたのは、動画の最初に映っていた若い男で、名前は『そうた』。引きこもりという勘は当たっていた。頭の回転は速そうだが、性格は穏やかな印象がある。目つきが少しおどおどしていて、学童で矢田にいじめられていた下級生を思い出した。
 通報したのは『あいり』で、高校二年生の妹。こちらは生き生きしていて、兄とは真逆だ。夏原という苗字は、沙也が言っていた『首謀者』の名前と一致する。一見、夕方に駅前を歩いていそうな普通の高校生で、夜遊びをしそうな派手なタイプではない。両親は仕事が生きがいのようで家に居つかず、その稼ぎは自宅にも反映されているようだった。 だとしたら、出来損ないの兄と優秀な妹で、結構な待遇の差があっただろう。
 おれのお陰で、その関係性が少しでも変わったのなら、嬉しいことだ。
 家の中での『そうた』の立場は、自宅を拷問部屋にしていた殺人鬼をあぶり出した功績が評価されて、随分良くなったらしい。友達に会うために、鳥の巣みたいな頭を綺麗に散髪すると言って、さっき出かけた。
『あいり』は、平日の夕方は学校から帰ってきて、早々に昼寝をする。特に夕方四時半辺りは、学校の記憶を一旦消すように、一番深く眠っているようだ。三日間で集められた情報は、お世辞にも充実しているとは言えないが、仕方がない。ずっと屋根裏に籠っていたから、音の情報しか分からなかった。今は夕方で、壁の時計によると四時十五分。やっと、視界が明るさに慣れてきた。
 すやすやと眠る『あいり』の、長いまつげに囲われた大きな目。学校帰りでお疲れのところを起こすのもかわいそうだから、しばらくはこのまま待つつもりだが、今のところ目の前で閉じられたままだ。自分の都合ばかりで申し訳ないのは承知の上だが、敢えて本音を言わせてもらうなら。
 さっさと起きて、今すぐおれを助けてほしい。
作品名:Dollface 作家名:オオサカタロウ