小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Firehawks

INDEX|8ページ/38ページ|

次のページ前のページ
 


二〇〇二年 十二月
 
 鎌池が『ゴマシオ』として川谷の組織に入り込んでから、一カ月が経った。移動用の車が並ぶ車両倉庫の一角で、深川が二本目のマイルドセブンを灰皿に揉み消したとき、外からクラウンマジェスタが入ってきて静かに停まった。深川の隣に立つ宮原が煙草の煙を掻き分けながら前に出ると、運転席から降りてきた田中に頭を下げた。田中は、苦笑いを浮かべながら言った。
「かしこまらんでもええで、座っとけ」
 宮原は許可を求めるように深川の方を向き、深川が小さくうなずいたことを確認すると、隣に腰を下ろした。田中は深川と向かい合わせに座ると、テーブルに置かれたくしゃくしゃの箱に目を向けた。
「一本くれ」
 深川が箱ごと差し出すと、田中は一本を取り出して火を点け、煙を深く吸い込んだ。機動銃殺隊の定例報告は午前十一時という時間こそ決まっていても、警察署内では行われない。こうやって、こちらから出向く必要がある。潜入している鎌池は別として、メンバーがひとり足りないことに気づいた田中は言った。
「溝口は?」
「三日徹夜になったんで、今日は休ませてます」
 深川はそう言って、田中の反応を窺った。機動銃殺隊のやっていることに興味があるなら、溝口が三日の徹夜で一体何をしていたのか、その報告を求めるだろう。実際には、五六式を買い取った男の身辺調査をしていた。自宅に職場、集会所、愛車と通勤経路まで全て。その報告は短いものだったが、深川に対しては完全に意味が通じる言葉でまとめられていた。
『左巻きの、ごっこ遊びです』
 あの五六式と実弾四百発は、いつか来るらしい革命闘争だか転覆運動の日まで、極左集団の武器庫で肥やしになる運命らしい。溝口は顧客の写真も撮っていたが、ライフルを十秒間まっすぐ構えることすらできないような体格の男だった。
 つまり、行き止まり。五六式の線が途絶えた以上、溝口がキリストの脇腹に膝蹴りを入れる機会も失われた。となると、さらに武闘派の組織に関心を持ってもらう必要がある。そして、そのためにはより洗練された西側の銃が必要だ。メニューは豊富な方がいい。特に音が消せる銃は重宝される。
 田中は、深川の目をじっと見据えて言った。
「ちょうど、一カ月か?」
 深川はうなずいた。田中の責めるような口調に宮原の表情が険しく変わりかけたとき、深川はその足をテーブルの下で軽く蹴った。
「ヨウに西側の銃を用意させます」
 ヨウは、リンが台湾から連れてきた追加人員で、一見どこにでもいるような三十代の細身の男だが、アメリカやドイツの銃を用意できる。鎌池の聞き取りによると、元々は武装組織お抱えの商人だったが、その組織に警察の手が伸びてきたことから、ひと足お先に離脱したらしい。
「撒いて、どないすんねん。何かひっかける見込みがなかったら、ただ流通させただけになるやろが」
 田中が言い、深川はうなずいた。
「ごもっともです。まずはカラの取引情報を流して網を張ります」
「一挺でもええわ。そろそろ挙げろ」
 深川は渋々うなずいた。それをすると、川谷は一切の商売をやめてしまうだろう。営業の鴨山も逃げるだろうし、リンとヨウもただでは済まない。田中は否定と受け止めた様子で、ため息をついた。
「まずは、成果を出せ。スパイごっこするために野放しにしてんちゃうからな」
「先に、鎌池を引き上げることになります。中に入れたままは危ないですから」
 深川が言うと、田中は苛ついた様子で何度もうなずいた。宮原の表情は険しさを通り越して今にも田中に手を出しそうなぐらいだったが、深川は止めることなく続けた。
「今回、組織の乗っ取りという体でいってますから、鎌池が抜けた時点で組織も潰れます」
 鎌池、つまりゴマシオが組織から抜ければ、川谷たちが元の営業形態に戻るまでには相応の時間がかかるだろうし、そもそも同じ目に遭うことを恐れて廃業するかもしれない。順番を逆にして先に密売現場を押さえた場合、ゴマシオが乱入してからタイミングよく摘発されたことになるから、疑いの目を向けられるのは間違いないだろう。そうなると、川谷たちがどんな人間だとしても、鎌池が五体満足で抜け出せる確率は限りなくゼロになる。そして、そんな状況でも田中が目先の成果を求めるのは、検挙率が落ちると自分の腹を探られる隙を生むからだ。もちろん田中が倒れればこちらにとっても死活問題だが、もう少し大きく構えてもらいたい。深川はそう思いながら、田中が口を開くのを待った。話が続くことは期待していなかったが、その返事は予想した通りだった。
「パッと見、一カ月経っても何にもなってない。言うてる意味は分かるな?」
 田中の言葉を聞いて、ずっと黙っていた宮原が口を開いた。
「五六式の件、三課に耳打ちしたら喜びますよ」
 その険悪な口調に、田中は睨みつけるような視線だけを返した。公安第三課からすれば、五六式で武装している極左の集団がいるとなれば、全力で叩き潰すいい機会だ。しかし、今はそんなことを優先しているタイミングではない。深川が口角を上げたとき、田中は立ち上がりながら言った。
「煙草ごちそうさん。東山と南野も動かすわ。連携したれよ」
 クラウンが出て行くのを見送り、深川は宮原に言った。
「怒らせてどないすんねん。ポンコツが二人追加されたがな」
 宮原は頭を下げたが、深川が笑っていることに気づいて、少しだけ頭を上げた。深川は小さく息をつくと、言った。
「いちいち頭下げるな。お前の方が正しい」
「東山と南野を入れるって、捜査に関わらせるってことでしょうか」
 宮原が言い、深川は煙草の箱をポケットに押し込みながらうなずいた。
「言葉通りの意味やろな。お目付け役やろ」
 東山は三十五歳で、南野は二十七歳。でこぼこコンビで、課内の評判はいい。しかし、荒っぽい仕事ができるかは別の話だ。東山は田中の一番弟子で、田中が火の輪くぐりをしろと言えば、やめろと言うまでくぐり続ける。南野は東山の弟子だが、自分の体を張るという部分については、もう少し合理的だ。ただ、自分の能力を証明するためなら、火の輪くぐり以上のことをやってのけるだろう。深川は、忘年会で盛り上がっていた二人の顔を思い出しながら、首を傾げた。
「目なんか、ついとらんけどな」
 宮原が笑い、深川はチェイサーの鍵をくるくると回しながら言った。
「メシいくか」
「はい」
 宮原が言うのと同時に、深川の携帯電話にメールが入った。甲高い電子音に顔をしかめた深川は、携帯電話のフラップを開いて苦笑いを浮かべた。
「溝口や。例のヒョロい極左が、集会場に人集める段取りしとるらしい。二時間寝ただけで、また動いてんのかあいつは」
 宮原はチェイサーの鍵を受け取りながら、深川と同じように笑った。
「メシって、聞こえてたんですかね」
 深川は返信を送りながら、笑った。
「あいつは、人が休むことを許さんな」
 
 
「ゴマシオさん、これはローラーが割れてる。ここだけの部品はない」
 ボルトが半開きで止まったMP5を持ち上げて、ヨウが言った。鎌池は両方の眉をひょいと上げて、ヨウが掴んでいるボルトハンドルを眺めた。
「それだけで分かるんか」
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ