小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Firehawks

INDEX|6ページ/38ページ|

次のページ前のページ
 

 鴨山は白野を見送って、椅子に戻るなり封筒を開けた。中には、写真とメモが一枚ずつ入っていた。お世辞にも精細ではなく、時間帯が夜だから余計にぼやけて見える。その中心に写る車は、駐車場の輪止めに使うシンダーブロックに乗り上げていて、全体が傾いていた。移動用の車、BMW525i。
 記憶がすぐに、二十年の道のりを辿った。逃げることに必死で、車のことは後回しにしていた。この写真では、周りに警察官がいる。鴨山はメモに目を通した。パソコンで作られた文章が一行印刷されているだけで、何も心当たりのない人間にとっては、特に意味を持たない内容だった。
『ニュースを見ろ』
 鴨山は、夕方六時のニュースまで椅子から動くことなく、番組が始まるなりボリュームを上げた。世界情勢の話がしばらく続いた後、国内の事件に話題が切り替わり、ドアに穴が空いた黒塗りのセダンが大写しになった。
『今日未明、走行中の車両に対して何者かが銃を発砲し、銃撃を受けた車両は電柱に接触。運転手が軽い怪我をしました』
 セダンは最新型のレクサスLSで、撃たれたのは運転席側。報道を見る限り二車線の道路だから、道路の反対側から当てたことになる。怪我人は出ておらず、レクサスの持ち主は暴力団員。鴨山は番組が流す映像から事実を集め続けていたが、画面が切り替わったところで目を見開いた。
『犯人とみられる男が近隣の防犯カメラに写っており、手に持っている銃が発砲に使われたと見られています』
 映像は鮮明だった。服装は全身黒ずくめで、男。体型を隠すためか、季節外れなパーカーを着ている上に、フードを目深に被っている。右手に持っている銃はコルト製のコンバットコマンダーで、銃身は4.3インチ。視認性が高い大型のサイトに換えられていて、グリップセフティはダックテイル、ハンマーは古風なリング型。木製のグリップはフレンチウォルナットで、メダリオンの部分が黒く塗り潰されている。
 二十年前、足を抜くと決めたときに自分の手元にあった、最後の商品。ゴマシオが整備して、自分の手元にやってきたとこまでは知っている。結局納品せずに工作所へ隠したが、その後どうなったかは知らないままだった。しかし、報道で流れたのならもう事実は揺らがない。二十年越しに、あの拳銃が事件で実際に使われた。その事実が頭の大半を占める中、不思議と耳に残っているのは、さっき玄関ポストが音を鳴らした後に聞こえた独特な足音だった。松葉杖をついているようで、それにしてはペースが速い。
 何にせよ、その足音の主はここの住人が何者かということを、はっきり知っている。
 
 
 聖書を読む日が来るとは思っていなかったが、物語として読むと面白い。お向かいが熱心な信者で、近所づきあいをしている内に一冊をもらったのがきっかけだった。川谷はがらんとした一戸建ての居間で、どうしようもない犯罪者の一員だった昔のことを思い出していた。片方に聖書を置くことでどうにか均衡を保てる。まるで天秤のようだ。きっかけは、単純だった。十代後半だった自分の仕事は、荷物を地点間で動かすだけの『便利屋』で、積荷を問わないのが掟だった。ある日、知り合いの知り合いが経営する居酒屋の常連客、ぐらいの距離感だった男から声を掛けられて、木箱を運んだ。いつも頼んでいる奴が休んだから、スポットで一件頼むわ。確か、そんなことを言っていたと思う。
 木箱の中身を明かされたのは、『いつも頼んでいる奴』が実は警察に捕まっているということを知ったのと、同じタイミングだった。そうやって、鴨山が仕切っていた『銃器密売ネットワーク』の専任業者になった。やがて工作所の管理を任されるようになり、窮屈ながらも生活は軌道に乗った。転機は、二年ほど続けたときに起きた。別の業者に殴り込まれて、鴨山のネットワークごと乗っ取られたのだ。
 人が死ぬのを見たのは、初めてだった。リーダー格の『メガネ』と、その隣で散弾銃を抱えていた『ポニテ』。そして、その仲間である『ゴマシオ』。あの三人組は人を殺すことに抵抗がなく、メガネは紙の的でも撃つように簡単に引き金を引いた。
 あの地獄のような環境から抜け出して、二十年経った。もう、四十一歳になる。全てをやり直して仕事と家庭を持ち、数か月前に息子の大地が志望校に進学したばかり。妻の美菜子は二歳年下で、リモートで仕事が片付く自分と違って毎日会社へ顔を出している。やっていることは昔と変わらず、商品を右から左へ流すことだ。違うのは、その規模が大きくてかつ、合法だということ。今思えば、中国語の語学力を買われて商社に入社できたのは、一生に一度しか使えないような幸運だった。二十年で管理職まで上がれたのだから、元々期待値の低かった人生にこれ以上望むことはなかった。
 川谷がソファに座ったまま小さく息をついたとき、玄関のドアが開き、美菜子が靴を振り払うように脱ぐ音が聞こえた。
「ただいまー」
「おかえり」
 川谷はそう言うと腰を上げて、廊下に顔を出した。美菜子は川谷の表情を見るなり片方の眉をひょいと上げた。
「なんかあった?」
 川谷は首を横に振り、上着を脱いでハンガーにかける美菜子の後ろ姿に言った。
「ボーっとしてたわ」
 大地は友達と遊ぶ予定があるから、今日の帰りは遅くなる。夕飯の準備を始めておいて、本来ならある程度の下準備が済んだところで美菜子が合流するはずだったが、六時のニュースで流れた映像が、全ての予定を狂わせた。
 コルトコンバットコマンダー、アメリカ製の拳銃。グリップのメダリオンに特徴があって、艶のない黒色に塗られている。二十年前に、最後の仕事で用意した拳銃。結局顧客へ引き渡されることはなく、最後は鴨山の手元にあったはずだ。それがどうして、二十年越しに黒ずくめの男の右手に握られているのか、経緯が全く分からない。
「あれ、外食やっけ?」
 台所を見た美菜子が甲高い声で言い、川谷は少しだけ声を張った。
「うん、疲れてないなら行こう」
「オッケー。スーツでいっか」
 美菜子はハンガーにかけた上着を再度羽織ると、好奇心に満ちた目で川谷の方を見た。
「とか言いながら、夫は超パジャマっすな」
「すぐ着替える」
 川谷は寝室まで早足で移動すると、クローゼットからよそ行きの服を無造作に引っ張りだして、着替え始めた。幸い、飛び込みで入れるレストランには困らないから、急いで予約する必要もない。だから、上着をひっかけて玄関で待つ美菜子のところへ戻るまでの間、頭の中にはずっとニュースで見た映像が浮かんでいた。
 二人で日が暮れた住宅街を歩き、地元の人間が集まる飲食街へ辿り着くまでの間、川谷は目の前で立て続けに二人が殺された日のことを呼び起こした。すぐに動けるよう、今は頭の中で一番手近な場所に置いておくのがいい。メガネとポニテ、その部下のゴマシオ。メガネは、弾とセットで用意された五六式に関心を持っていた。大口の『武闘派』の顧客を必要としていて、販路を拡大するつもりだったのだろう。だから、五六式の納品先が鉛筆もまっすぐ握れないような極左の組織だと知ったとき、ゴマシオは落胆していた。
作品名:Firehawks 作家名:オオサカタロウ