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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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オフ会行ったらタヌキが来た

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そんな話をしていた後、僕達の食事が運ばれてきたので、僕達はちょうどTwitterの話も始めた事だし、共通のフォロワーなどの話もした。しかし、僕は途中から、何かが気になるような気がしていた。

何が気になるのか気づいた時、僕は声を上げそうになったのだ。

たあさんは、とても可愛く喜びながら、目玉焼きを口に運んでいた。彼女の様子は、男ならみんな見ていて喜ぶだろう。だが、先に食事が済んで手洗いに立った僕は、見た。

彼女のスカートからはみ出たフェイクファーが、座っているソファの上で、ぱたん…ぱたん…と、まるで生き物のように動いていたのだ。

“えっ?いや、見間違いだろ…姿勢正したからとかだって!”


僕は見つめているのが怖くなって、目を逸らした。でも、尻尾のような形をしたフェイクファーが、合皮のソファーカバーをぱたん、ぱたん、と叩く音は聴こえ続けていた。

トイレで手を洗っていた時、僕は不意に、テレビで紹介されていた面白グッズを思い出した。そして、自分を説得しようとした。

“今時の、「心拍に応じて動く」ってやつだって!きっと、そういうのが好きなんだよ!だから…変な事なんてないって!”

席に戻った時、彼女に悟られないように様子を確かめようとして、何気なく表が見える硝子を覗いた。室内の様子しか映らない程、外は暗かったからだ。その時僕は、今度こそ叫んだ。だが、なんとか出来るだけ小さくした。

「わっ…」

小さな叫びだったが、それは“たあさん”に聴こえたのか、彼女は「ふん?」と鼻から声を出し、顔を上げる。

僕は動揺を収めるのに精一杯で、しばらく俯いて片手で口元を隠した。“唇が震えているのがバレたら、食われるかもしれない”と思ったのだ。

むぐむぐと口を動かしていたたあさんは、最後のライスを飲み下してから、こう聞いてきた。

「どうしました?」

「あ、いえ…なんでもないです…」

「はあ」

たあさんは食事を終え、お腹をさすってこう言った。

「良かった、冷めちゃう前に食べられて」

そこで僕は、“冷めた料理は不味いという知恵はあるんだな”と、人間に対してとは思えない事を考えた。だって、彼女は人間じゃないからだ。

ぱたぱたと揺れるフェイクファー。どう見ても枯れ葉にしか見えない髪飾り。そして、ガラスに映った、小さな狸がハンバーグにうきうきと体を揺らす姿。

見間違えなんかじゃない。だって、外にはソファーなんかないし、そこに座ってフォークとナイフを操る狸なんて、居るはずがないのだ。

“ダメだ…どう考えてもこれ、化かされてる…はあ~、こんな事本当にあるのか!?でも、ガラスには狸しか映ってないし…”

何度店のガラスを見直しても、美人なたあさんの姿はなく、テーブルから小さな狸が頑張って身を乗り出していて、やがて狸はカトラリーを置いた。



食後、たあさんはもじもじと黙っていたので、僕は、“ずるいかも”と思いながらも、彼女の正体を探ろうなんて思ってしまった。そこで、こんな言葉を彼女に掛ける。今度も、前置きを置いて、自然に見えるよう演技をしながら。

「あの、たあさん…って呼ぶのも、なんかあれで…あ、でも、嫌だったら言わなくていいので!」

「はあ…なんでしょう?」

たあさんはまだ何も警戒せず、こちらに少し首を伸ばす。

“うう、大きな目が可愛い!”

「あの、本名、とかって…」

なるべく申し訳なさそうな顔に見えるように表情を作り、僕は肩を縮めた。

するとやっぱり、たあさんは途端に困り出した。でも彼女は、それをあまり隠そうとしていない。ただ躊躇っているだけのように見えた。普通の人の反応だ。それで僕は、こう考えていた。

“狸なのに、インターネットで知り合った人に名前を教えないのが当たり前というのは、知っているんだな。まあ、Twitterにもちょくちょくそういう話は出るからな。それに、本名は「タヌキ」なんだから、言えないだろう”

でもたあさんは、上目がちにこちらを見て、おずおずとこう言った。

「田野貫、くれはです…」

“いや嘘だろそれ!”

名前を名乗る前、彼女はちらっと目の上にあるピン留めを見て、自分の胸に手を当てていた。つまり、“田野貫くれは”は、“タヌキ”と“枯れ葉”から取った、デタラメな名前だ。

“でも、どうする?「そんな名前は嘘だ」なんて、言っても「本当です」と言い張れる…何か他に…”

僕がそんな事を考えていたら、“田野貫さん”は、お水を飲んでから、ほうと溜息を吐いた。そして、こんな話をする。

「でも、びっくりしました。まさか、名前に興味を持ってくれるなんて、思ってなかった…」

「え、ええ…」

気まずい気分で僕は返事をする。答えにくい質問をして、彼女の正体を暴こうとしたのだから。それに、今度は僕が聞かれる番だった。

「じゃあ、もにょさんの本名も…もしかしたら、教えてくれますか…?」

僕はその時、彼女に目を見張った。

彼女は、ちっちゃな肩を一生懸命縮めて、俯いて目線を落としている。前に垂れた髪に隠れてはいるものの、彼女の頬を覗き見ると真っ赤っかで、明らかに彼女が照れている事が分かった。

“いや!でも!狸だぞ!?”

僕は、何も名前を教えても危害なんかなさそうだと分かっていたが、ちょっと戸惑った。だって、彼女は僕の名前を知るのを心待ちにしていて、期待で頬を染めているのだから。

“もしかして、僕…狸に恋された!?”

焦りと不安で変な冷や汗が出そうになったが、僕にはもう、選択肢はあるようでないものだった。

緊張し過ぎた僕は、音を立てないようにしながらも喉の調子を整え、ついに名乗る。

「松山…敏夫です…」

そう呟くと、彼女は分かりやすすぎるほど大喜びし、息を胸いっぱいに吸い込む。でも、叫んだりはしないで、やっと息をするためみたいに、声を絞り出した。

「松山、さん…いい名前ですね…」

僕はその時、ぼんやりこう思った。

“松なら山にいっぱいあるだろうからな。故郷を思い出してるのかも…”

でも、あんまり彼女が喜んでくれるものだから、僕はもう、ガラスに映った彼女の姿を確かめる気になれなくなった。

“もしかして、本当に僕の事、好きなのかな…”


僕達は、日々やり取りをして、彼女はいつも笑顔の絵文字を送ってくれた。僕も、彼女の事を「いい子だな」と思っていたから、出来るだけ優しくしようと思っていた。その気持ちには、今でも嘘偽りはない。と思う。

「友だちと遊んでたらはぐれちゃった〜!」と、泣き顔の絵文字付きで呟いていた彼女に、「大丈夫ですか?」と事情を聞きに入った事もある。結局その時は、「最後に友だちが居た所に、戻った方がいいですよ」なんて、効くのか効かないのか分からないアドバイスをしていた。

“そういえば、あの時どうしたんだろう。狸の行動範囲なんて分からないからな…”


“田野貫さん”のツイートに食事の写真がなかったのは、食べる物が人間の物じゃなかったからだろうし、風景写真がアップロードされなかったのも、それが山の中だからだろう。彼女は今日、東京に移り住んでいた、母狸を訪ねたのだろう。