EXIT
先端を圧しあて、ゆっくり体をすすめる。入口の部分はわずかに引っかかりがあったが、その先は予想したほどの抵抗なくスムーズにすすめた。とはいえ、相当に狭い。凄まじい圧迫感で引きちぎられそうだった。おれは思わず眉を寄せ、宥人の腰をつかむ手に力をこめた。
どうにか根元までおさめると、互いに息をついた。唇を寄せると、宥人のほうから首に腕を回してしがみついてくる。
「痛くない?」
「うん」
「ほんと?」
「うん。うれしい」
胸を上下させて呼吸しながら宥人がおれを見上げてくる。紅潮した顔は緩やかに微笑んでいて、おれをすべて包みこむかのようだった。
「善くんとできると思わなかったから、今夢見てるみたい」
「そういうかわいいこというなって……」
いいながら唇を吸う。今日だけで何度キスしているのだろう。
「動くから、痛かったらいって」
「うん」
脚を持ち上げて角度を変え、深い部分まで体をすすめた。宥人の息が大きくなる。漏れそうになる声を抑えるように掌で口を覆う。
「声出してよ」
「だめ……聞こえちゃう」
たしかに、築数十年のアパートの壁は薄い。宥人の声を聞けば、男同士で性行為に及んでいることがすぐにわかってしまうだろう。
「気にすんなよ」
「なるってば……ん……」
おれが動作を烈しくすると、その動きに合わせて宥人が抑えた声を出す。その声がかわいくて、おれは夢中になった。ぎりぎりまで腰を引いて、最奥まで貫く。はじめは堪えていたが、次第に宥人の掌のなかから声が漏れてきた。
「宥人さん、キス……」
「あ……」
宥人も夢中になっているようで、おれが顔を近づけていることに気づかなかった。促すと掌をはずし、おれの唇を受け止めた。砂漠で救助を待っていたかのように喉を鳴らしておれの唾液を啜った。キスしながら指先で乳首を刺激すると、口のなかで宥人の舌が震え、切ない声が響く。
「あー、やば。宥人さん、好き……超気持ちいい……」
「ん……おれも」
あれ? 今のって「おれも好き」か「おれも気持ちいい」なのかどっちだ?
違和感をおぼえつつも、再びせり上がってくる感覚のほうが勝り、おれは唇を離した。無意識にか、追いかけるように宥人が舌を突き出す。名残惜しさを感じて唇の端にキスしてから、上半身を持ち上げた。
宥人の右脚を抱え上げ、肩に乗せる。これまで以上に大きく開脚させられて、宥人は恥ずかしそうに顔を背けた。
「この体勢、平気?」
「うん」
これも体に触れてはじめてわかったことだが、柔軟性もあるようだ。角度が変わると当たる部分も変わるようで、宥人はさらに湿った声を出した。本人は我慢しているようだが、これでは両隣にはすくなくとも間違いなく聞こえてしまうだろう。
「宥人さん……やばい。気持ちいい……」
もう宥人を気遣う余裕はなかった。おれは本能のままに体を打ちつけ、肉同士が衝突する音と荒い息づかいが響いた。
「おれも……またいっちゃいそう。だめだめやば……っ」
宥人は上半身を反らせ、全身をのたうたせた。内壁が烈しく痙攣し、きつく締めつけてくる。おれも限界だった。
「宥人さん、もう出そう。どこに出したらいい?」
「善くんの……善くんの好きなとこに出して」
酸素を求めて喘ぎながら、熱にうかされたように宥人が必死で答える。おれは宥人に包みこまれながら烈しく動き、限界のところで引き抜いた。
宥人の脚を開かせ、白くなめらかな腹の上に大量の白濁をぶち撒けた。絶頂の余韻で大きく上下している腹部を白い液体が滑り、シーツに落ちていく。
全身脱力して、おれは宥人の隣に寝転がった。
「すごかった……」
素直にいって、重い体をどうにか持ち上げる。
「宥人さん、体平気?」
「うん……」
ベッドの脇に置いてあるティッシュボックスをつかみ、宥人の下腹部をていねいに拭うと、まだ熱く上下に揺れている体を抱きしめた。キスしようと頬に手をあてて上を向かせ、言葉を失った。
「え、ちょっと……泣いてんの?」
おれの胸に額を圧しつけ、肩を丸めて、宥人は啜り泣いていた。
「ごめん。痛かった?」
「ちがう。そうじゃなくて……」
うまく言葉にならないようで、両手で顔を覆っている。この状況でなぜ泣くのかわからず、焦りながらも、おれは宥人が落ち着くのを待って小さい体を抱きしめた。その間も、宥人は肩をふるわせて泣き続けている。
「好き……」
数秒たって、宥人が声を震わせいった。これほど密着していても判別できないほど小さな声だった。
「え、なに? なんていったの?」
慌てて顔を引くおれに、宥人はもう一度、はっきり告げた。
「善くんが好き。最初に会ったときからずっと善くんのことが好き」
そういって、宥人はおれの背中に腕を回し、おれの胸に頬を擦らせた。
「好きすぎて、どうにかなりそうで、こわい……ずっと隠そうと思ってたのに、もうできなくて……これ以上無理ってくらい好き」
「なんだよ、それ……」
予想だにしなかったかたちで、もっともほしかった言葉を聞かされ、おれは完全に圧倒されてしまっていた。
「それって、おれのこと好きすぎて泣いちゃったってこと?」
勘弁しろよ……
口にしたかったが、意味を誤解されてしまいそうで、耐えた。
悪意ある誹謗中傷をぶつけられても、筆舌に尽くしがたい重圧を与えられても、信頼を寄せていた相手に襲われても、人前で悪し様に罵られても、プライベートな部分を勝手に暴露され嘲笑を浴びせられても涙ひとつ見せなかったのに、おれを好きというだけで言葉も出ないほど大泣きしてしまうというのか。まったく勘弁してほしい。こんなのはありえない。愛おしさがあふれて、おれのほうがどうにかなりそうだ。
「善くん、好き……」
おれの背中にしがみつきながら、宥人は独白のように呟いた。
「今まで生きてきて、今日が一番幸せ」
その言葉を耳にした瞬間、自分自身の存在が肯定されているかのように感じ、おれも目頭が熱くなった。涙が出そうになるのを堪え、宥人の頭をしっかり抱えた。
「おれも幸せだし、宥人さんが大好き」
宥人が顔を上げ、おれたちはまたキスした。
スマホを充電し、その間にシャワーを浴びた。コーヒーを淹れ、ソファを背中に床に直接座った。宥人はおれの脚の間に体を滑らせ、おれは宥人の背後から腕を回した。宥人がスマホの電源をオンにするのを肩ごしに見ていた。
だいぶ落ち着いたとはいえ、宥人の肩は緊張で強張っていた。掌でていねいに撫でると、振り向いて笑顔を見せた。首を伸ばして軽くキスする。
「高校の頃、好きな先輩がいたんだけど」
おれの肩から肘にかけて指先でなぞりながら、宥人は独白のようにいった。
「だれかがおれのことあやしいって、ホモっぽいっていい出して。必死で隠して誤魔化してたから、直接いじめられたりからかわれたりすることはなかったけど、なんとなく変な感じのまま卒業して……カミングアウトはこわかった。いつかはするべきだとわかってはいたんだけど……」
電源が入ると、スマホのディスプレイに通知を報せる表示が並ぶ。朝の6時過ぎにもかかわらず、SNSもLINEもメールも着信も驚異的な数の通知が記録されていた。