ご褒美
前回は、思いつくままに、上手く人をおだてて良い気分にさせる塾へ子供を行かせるかどうかを夫婦で話している間に、特に行かなくても良いんじゃない?的な結末になった。あるいは、なりそうだなと感じて頂けたなら幸いだ と思う。
だって、学習とは無縁の夫婦が、あわや離婚の危機かと思える場面を、上手い口のきき方で切り抜けられたのだからね。勿論、その仲直りの根底には、お互いが伴侶として彼・彼女が必要だと感じているからに他ならず、また、その前に何だか理由は分からないけれど、互いに憎からず思い合っているからの結果だよね。
厳寒の中、今日も仕事を終えて家路を急ぐ。
「ただいま~」
「あら、お帰りなさい。今日は、なんだか嬉しそうね。」
「分かるかい?」
「それくらい分かるよ、毎日毎日見たくなくても目に映る顔だもの。普通の人なら、あなたの笑顔に恐怖を感じるけど、もう慣れるしかないと死んだつもりで意識的にあなたの笑顔を想像しているうちに慣れてきたのよ。それに、人間って不思議よね~、そのただ怖いだけの笑顔にも微妙な違いがあるところまで分かる様になるんだからね。」
「帰る早々、顔の話は止めろ。」
「止めないわよ、たまには言わせて貰わなくちゃ、わたしも堪らないのよ。」
「何が、堪らないんだ? そう言われる俺の方が、もっと堪らない・・」
「いいから聞きなさいよ。黙って聞くの!」
「それよりも・・」
「黙りなさい!」
「だけど・・」
「だまれっ!」
「・・」
「あれは・・忘れもしないわ、あなたと結婚して此処に住み始めた頃の話よ。もうそろそろあなたが帰る頃かなと思っているとね、『お~い、6時57分だぞ。みんな早く家に入れ。』と、誰かが叫ぶのよ。そして、その後、間もなくあなたが自転車に乗って帰ってくる。あなたが、家の扉を開けて『ただいま~』と言って扉を閉めると、外の通りがまたザワザワし始めるのよね。わたし、それが不思議で堪らなかったから、暫く気を付けてたらね、隣の柳さんの奥さんとご近所の奥さん達の話が聞こえてきたのよ。それで分かった訳よ、何故みんなが6時57分に家の中に入って通りが静かになるのかがね。柳さんの奥さんがね、
『隣の風折さんの御主人、私達を見ると何時も怖い顔で睨み付けながら、こんばんは~と猫撫で声でいうの、私、その顔と声のアンバランスさに思わず急性神経性胃炎になるの。そればかりじゃないわ。何軒か先の奈木面さんちの鉢くんなんか、風折さんに睨み付けられて心不全を起こして何度も病院に運ばれたのよ。
当然、奈木面さんは、風折さんに抗議したけど、風折さんは『俺は、笑いながら挨拶しただけだよ。』と嘘を吐いたの。まあ白々しいったらありゃしないと話してたんだけど、風折さんの旦那さんを子供の頃から知っている村長さんが、『風折は、あれで精一杯笑っているんじゃ。』と仰ってね、村長さんが言うのなら間違いないだろうと、奈木面さんも仕方なく矛先を収めたのよ。
だけど、いくら笑顔と雖も他人の体調を崩す顔は見ない方が良いって事になって、毎日6時57分に判で押した様に風折さんが帰ってくる少し前に、みんなで声を掛け合う様にしたの。おかげで、それ以来、不意に出会って倒れた人以外は被害者無しなの。』
という話を聞いて、わたしも納得したのよ。」
「そうなのか。道理で、広々とした道をスイスイ帰って来れると思ってた。ところで、お前は、俺の笑顔を見ても一度として体調を崩さなかったじゃないか。一体どうしてだ?」
「それはね、まず知り合った頃は、前の主人を亡くしたばかりで、ずっと下を向いてばかりだったし、下を向いてる限り、あなたは、顔に似ず声が良いから・・ それに、一時の気の迷いで結婚してからは、『わたしは、この顔に必ず慣れる。』と、心の中で呪文の様に唱えてたの。そりゃぁ夜中に目が覚めて、隣で眠ってるあなたの顔を傍で見た時、最初は、驚いて大声を出したわよ。おかげで上の子は、目を覚まして泣くし、もう散々だったのよ。それで、次の日から猿轡をして寝る様にしたの。夜中に目覚めて驚いて、やはり叫んだけど、猿轡のおかげで声は抑えられたの。でもまあ、慣れって怖いわよね、いつの間にかその顔がどの様に変化しようと驚きもしなくなるんだもの。それにね、ものは考え様で、あんな顔でも明るく生きてる人が居るんだなぁと、元気付けられる人も数年に一人くらい居るかも知れないわ。あっ、どころで、嬉しそうに帰ってきたのは何故?」
「お前なぁ、人を散々に言って、落ち込ませたすぐ後によく平然と話題を変えられるよな・・」
「だって、話題を変えなきゃ、わたしだって今夜うなされるかも知れないし。」
「・・・その前に飯だ。食べている間になるべく明るくなる様に頑張ってみるから。」
「分かった・・・・・はい、どうぞ。」
「おっ、今夜はロールキャベツか・・・ ん? おい、このロールキャベツ、ちょいと妙だぞ。」
「え? そんなことないわ。」
「いや、それが、ある 様な感じだ・・やっぱり妙だ。食べても食べてもキャベツばかりじゃないか。普通キャベツで何か別の具材を包んだのをロールキャベツというのじゃないのか。」
「その通り。」
「その通り たって、これは、キャベツをキャベツで包んであるだけじゃないか。」
「そうよ。」
「そうよ って・・ ふざけるな。」
「ふざけてなんかいないわよ。第一、わたしが何時、それがロールキャベツだと言ったの?・・・言ってないでしょ? あなたが、勝手にロールキャベツだと思っただけじゃないの。それを文句言われても・・・」
「そう言われると・・・そうだな・・」
「それで?」
「ん?」
「嬉しそうに帰った訳は?」
「あ、そうだ、今日な、俺の仕事の出来栄えを監督官に褒められた。この前の水害で、俺が積んだ石垣だけがそのまま無傷で残ってたらしい。そのことを監督官が将軍様に報告したら、将軍様は、『その労働者に褒美を・・』と言われたそうだ。」
「あら! それは、凄いじゃないの。それで?」
「それで って、それだけだ。」
「それだけじゃないでしょ。その褒美って何よ?」
「さあ・・」
「さあ・・ って、あなた、何を頂けるのか聞かなかったの?」
「まあな。」
「馬鹿ね~~ そんな時には『うちには、可愛い子供が二人と最愛の美しい妻が居ります』と、聞かれなくても言っておくものよ。そうすれば、将軍様も色々考えて下さるのに・・」
「そうなのか?」
「そうよ。」
とか言っている時に、ドアを叩く音。
「は~い。・・・あら、村長さん。先日は、鏡を貸して下さって有難うございます。」
「いやいや・・お邪魔するよ。実は、風折くんが褒美を頂く事が決まったと石工組の監督官から聞いてね。それで、早速担当部署へ連絡を取ったものでね、それを一刻も早く知らせようと此処へ来たんだよ。あ、挨拶が遅くなったけど、この度はおめでとう。村長としても鼻が高いよ。」
「はあ・・」
「何だい、その気の抜けた様な返事は・・」
「村長さん、有難うございます。うちの亭主は、褒められることに慣れていないというか、きっと生まれて初めての事で、頭の中が真っ白になっているのです。」
「そうかい。まあ、そうかも知れないね。ところで、褒美のひとつとして、ラジオを下さるそうだ。」
だって、学習とは無縁の夫婦が、あわや離婚の危機かと思える場面を、上手い口のきき方で切り抜けられたのだからね。勿論、その仲直りの根底には、お互いが伴侶として彼・彼女が必要だと感じているからに他ならず、また、その前に何だか理由は分からないけれど、互いに憎からず思い合っているからの結果だよね。
厳寒の中、今日も仕事を終えて家路を急ぐ。
「ただいま~」
「あら、お帰りなさい。今日は、なんだか嬉しそうね。」
「分かるかい?」
「それくらい分かるよ、毎日毎日見たくなくても目に映る顔だもの。普通の人なら、あなたの笑顔に恐怖を感じるけど、もう慣れるしかないと死んだつもりで意識的にあなたの笑顔を想像しているうちに慣れてきたのよ。それに、人間って不思議よね~、そのただ怖いだけの笑顔にも微妙な違いがあるところまで分かる様になるんだからね。」
「帰る早々、顔の話は止めろ。」
「止めないわよ、たまには言わせて貰わなくちゃ、わたしも堪らないのよ。」
「何が、堪らないんだ? そう言われる俺の方が、もっと堪らない・・」
「いいから聞きなさいよ。黙って聞くの!」
「それよりも・・」
「黙りなさい!」
「だけど・・」
「だまれっ!」
「・・」
「あれは・・忘れもしないわ、あなたと結婚して此処に住み始めた頃の話よ。もうそろそろあなたが帰る頃かなと思っているとね、『お~い、6時57分だぞ。みんな早く家に入れ。』と、誰かが叫ぶのよ。そして、その後、間もなくあなたが自転車に乗って帰ってくる。あなたが、家の扉を開けて『ただいま~』と言って扉を閉めると、外の通りがまたザワザワし始めるのよね。わたし、それが不思議で堪らなかったから、暫く気を付けてたらね、隣の柳さんの奥さんとご近所の奥さん達の話が聞こえてきたのよ。それで分かった訳よ、何故みんなが6時57分に家の中に入って通りが静かになるのかがね。柳さんの奥さんがね、
『隣の風折さんの御主人、私達を見ると何時も怖い顔で睨み付けながら、こんばんは~と猫撫で声でいうの、私、その顔と声のアンバランスさに思わず急性神経性胃炎になるの。そればかりじゃないわ。何軒か先の奈木面さんちの鉢くんなんか、風折さんに睨み付けられて心不全を起こして何度も病院に運ばれたのよ。
当然、奈木面さんは、風折さんに抗議したけど、風折さんは『俺は、笑いながら挨拶しただけだよ。』と嘘を吐いたの。まあ白々しいったらありゃしないと話してたんだけど、風折さんの旦那さんを子供の頃から知っている村長さんが、『風折は、あれで精一杯笑っているんじゃ。』と仰ってね、村長さんが言うのなら間違いないだろうと、奈木面さんも仕方なく矛先を収めたのよ。
だけど、いくら笑顔と雖も他人の体調を崩す顔は見ない方が良いって事になって、毎日6時57分に判で押した様に風折さんが帰ってくる少し前に、みんなで声を掛け合う様にしたの。おかげで、それ以来、不意に出会って倒れた人以外は被害者無しなの。』
という話を聞いて、わたしも納得したのよ。」
「そうなのか。道理で、広々とした道をスイスイ帰って来れると思ってた。ところで、お前は、俺の笑顔を見ても一度として体調を崩さなかったじゃないか。一体どうしてだ?」
「それはね、まず知り合った頃は、前の主人を亡くしたばかりで、ずっと下を向いてばかりだったし、下を向いてる限り、あなたは、顔に似ず声が良いから・・ それに、一時の気の迷いで結婚してからは、『わたしは、この顔に必ず慣れる。』と、心の中で呪文の様に唱えてたの。そりゃぁ夜中に目が覚めて、隣で眠ってるあなたの顔を傍で見た時、最初は、驚いて大声を出したわよ。おかげで上の子は、目を覚まして泣くし、もう散々だったのよ。それで、次の日から猿轡をして寝る様にしたの。夜中に目覚めて驚いて、やはり叫んだけど、猿轡のおかげで声は抑えられたの。でもまあ、慣れって怖いわよね、いつの間にかその顔がどの様に変化しようと驚きもしなくなるんだもの。それにね、ものは考え様で、あんな顔でも明るく生きてる人が居るんだなぁと、元気付けられる人も数年に一人くらい居るかも知れないわ。あっ、どころで、嬉しそうに帰ってきたのは何故?」
「お前なぁ、人を散々に言って、落ち込ませたすぐ後によく平然と話題を変えられるよな・・」
「だって、話題を変えなきゃ、わたしだって今夜うなされるかも知れないし。」
「・・・その前に飯だ。食べている間になるべく明るくなる様に頑張ってみるから。」
「分かった・・・・・はい、どうぞ。」
「おっ、今夜はロールキャベツか・・・ ん? おい、このロールキャベツ、ちょいと妙だぞ。」
「え? そんなことないわ。」
「いや、それが、ある 様な感じだ・・やっぱり妙だ。食べても食べてもキャベツばかりじゃないか。普通キャベツで何か別の具材を包んだのをロールキャベツというのじゃないのか。」
「その通り。」
「その通り たって、これは、キャベツをキャベツで包んであるだけじゃないか。」
「そうよ。」
「そうよ って・・ ふざけるな。」
「ふざけてなんかいないわよ。第一、わたしが何時、それがロールキャベツだと言ったの?・・・言ってないでしょ? あなたが、勝手にロールキャベツだと思っただけじゃないの。それを文句言われても・・・」
「そう言われると・・・そうだな・・」
「それで?」
「ん?」
「嬉しそうに帰った訳は?」
「あ、そうだ、今日な、俺の仕事の出来栄えを監督官に褒められた。この前の水害で、俺が積んだ石垣だけがそのまま無傷で残ってたらしい。そのことを監督官が将軍様に報告したら、将軍様は、『その労働者に褒美を・・』と言われたそうだ。」
「あら! それは、凄いじゃないの。それで?」
「それで って、それだけだ。」
「それだけじゃないでしょ。その褒美って何よ?」
「さあ・・」
「さあ・・ って、あなた、何を頂けるのか聞かなかったの?」
「まあな。」
「馬鹿ね~~ そんな時には『うちには、可愛い子供が二人と最愛の美しい妻が居ります』と、聞かれなくても言っておくものよ。そうすれば、将軍様も色々考えて下さるのに・・」
「そうなのか?」
「そうよ。」
とか言っている時に、ドアを叩く音。
「は~い。・・・あら、村長さん。先日は、鏡を貸して下さって有難うございます。」
「いやいや・・お邪魔するよ。実は、風折くんが褒美を頂く事が決まったと石工組の監督官から聞いてね。それで、早速担当部署へ連絡を取ったものでね、それを一刻も早く知らせようと此処へ来たんだよ。あ、挨拶が遅くなったけど、この度はおめでとう。村長としても鼻が高いよ。」
「はあ・・」
「何だい、その気の抜けた様な返事は・・」
「村長さん、有難うございます。うちの亭主は、褒められることに慣れていないというか、きっと生まれて初めての事で、頭の中が真っ白になっているのです。」
「そうかい。まあ、そうかも知れないね。ところで、褒美のひとつとして、ラジオを下さるそうだ。」