小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ネル君がくれた紅茶

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
僕は、美濃本浩二。25歳の会社員だ。趣味は紅茶を飲んで、ティーカップを集める事。

これを聴いた人は、「男の癖に紅茶なの?」と思うかもしれない。でも、“紳士の国”イギリスの飲み物は、お茶だ。まあ、彼らはウイスキーやエールもたくさん飲むけど。

東京に出てきて右も左も分からなかった僕だけど、学生時代に、ある喫茶店で美味しい紅茶を飲んで、それから少しずつ都内の喫茶店を巡るようになった。

社会人になってからそれをするには、落ち着くまで一年を要したけど、今は「ここ!」と決めた喫茶店まである。


そこは、ほんの少し暗いけど、とても静かな空間。扉を開けてかろんかろんとベルが鳴れば、中からは落ち着いたクラシックが漏れてくる。

小さな声でマスターが「いらっしゃいませ」と言い、僕は全てが革張りのソファーの中から、いつも一番奥の席を選んだ。店内は、カウンターを含めて25席程度だ。

カウンターにはずらりと紅茶葉が入った瓶が並び、ハーブティーなどもある。僕は、その店の紅茶が大好きだった。その店で出会った色々なティーカップに魅せられて、自分でも集め始めた…


そんな僕に、この間友達が出来た。彼の名前は、「ネル」君と言うらしい。と言うのも、「ハンドルネームみたいなものだよ」と言って聞かせてくれた名前だから、本名ではない事は確か。

奥の席が空いていなくて、カウンターに腰掛けた時、ネル君が隣に座っていた。彼は僕に話し掛けてくれて、紅茶の話をした。

もしかしたら、得体の知れない他人に、本名なんて教えない方がいいかもしれない。僕は名前を教えられた時、「この人はどうやらしっかりした人なんだな」と思った。

今時、個人情報なんてインターネット上を探せばいくらでも炙り出せてしまうし、ネル君のした事は正当だ。

「なんでネルなの?」と聞いた時、「谷川俊太郎が好きだから」と言われた。僕は、そんなのあったかなと思ったけど、詩には詳しくなかったし、その後、別の話を始めたネル君には、聞きそびれてしまった。



今日は、ネル君と約束した日だ。久しぶりに友達が家に来る。僕の実家は九州だし、東京に出て来た学生時代の友人も少なかったから、僕の家に友達は数年に一回しか来ない。それが、これから変わるかもしれない。そう思うと、単純に嬉しかった。

そりゃあ、女の子の方が百万倍嬉しいかもしれないけど、友達は別物。なんでも話せて、気の置けない付き合いをするのも、何より嬉しいのだ。

いつも通り、僕達が顔を合わせる喫茶店で集合した時、ネル君は、暑かったからか、Tシャツとハーフパンツ姿だった。

「暑い所、ごめんね」

「いいえ。今日はお招きに与るのに、こんな格好でごめん」

「いいんだよ、そんなの」

ネル君はひょろりと背が高く、びっくりするほど色が白い。初めて彼をこの店で見た時、彼の周りだけ光っているのじゃないかと思って、ぎょっとしたのを覚えている。なんとなく、見ていて不思議な気持ちになる光景だった。

あの時ネル君は、文庫ケースにくるんだ文庫本を読んでいて、傍らにはティーカップがあったな。

「それで、今日はコレクションを拝見できるんでしょ?」

そう聴こえてきたから、僕は出会いの回想を胸にしまって顔を上げた。

「うん。存分にね」

「ふふ。羨ましいな。僕にはカップのコレクションなんてないし。紅茶は君の所は良いのがあるの?」

僕はそこで、ちょっとコミカルに胸を張る。

「もちろん!揃ってます!じゃあ行こうか!」

「うん!」





僕達は涼しい喫茶店から地下鉄で移動した。目が眩むほど暑い駅前や、寒いほど冷房の効いた地下鉄車内、ぐらぐら煮えているような道を乗り越えて、やっとこさ、僕の家に着いたのだ。

急いでドアを閉め、外の熱気が入らないようにして、リビングに向かって僕は歩く。ネル君を迎えるのが分かっていたし、冷房は点けっ放しだった。

「ネル君も早く上がって。こっちの方が涼しいから!」

「お邪魔します」

僕はその時とてもワクワクしながら、リビングダイニングにある、食器棚の前に立っていた。そこへネル君もやってくる。そして、彼はこんな声を上げた。

「へえ!凄いね!これ、全部集めたの?」

僕は今度はちょっと照れてしまって、「まあね」と頬を掻く。

食器棚は、大きい物が二つ積み重ねてあって、上の一つには全てティーカップやポットのコレクションが入っていた。その時、ネル君が食器棚の中をぐぐっと覗き込む。彼は見開いた目をすっと細めると、それから僕を振り返った。

「…これ、本物?」

「もち」

「すごい…」

それは、“マイセン”が作る、陶器で出来た人形で、ロココ調のアンティークだった。

燕尾服姿の男性が、スカートが思い切り膨らんだドレスを着た女性と、ダンスをしている。人形は頭が大きくて体が小さく、可愛らしい形だ。白い肌はつるんとした陶器だからぴかぴかと光り、頬には紅色がちょんちょんと乗せられている。

インターネットオークションでなんとか手に入った中古の品だけど、見る人が見たらびっくりするには違いないと思う。ネル君は、それを羨ましそうに覗き込んでいた。

蒐集家としての本能が満たせて僕は嬉しかったけど、その時、暑い中を訪ねてくれたネル君にお水も飲ませていないのを思い出したのだった。だから、食器棚の中をじっと見詰めていたネル君に、僕は声を掛けた。

「とにかく、座って、水飲も。お茶はその後ね」

「うん…」

ネル君は名残惜しそうに食器棚の中の人形を見詰めていたけど、僕達はしばらくお水を飲んで、外が暑かった事で、誰にともなく文句を言っていた。



作品名:ネル君がくれた紅茶 作家名:桐生甘太郎