circulation【3話】黄色い花
「こ、これは……マジで冷たいぞ……」
スカイの顔が青ざめて見えるのは寒さのせいだろうか。
「そうね。もう外気の方が水温より高くなってきたところだし、今が一番冷たく感じられるんじゃないかしら?」
デュナが優しく同意する。
「スカイ、準備体操しっかりしてね」
体力や頑丈さには定評の有るスカイだが、それでも準備体操をしてから入った方が良いと思い、声をかける。
「おう。分かった」
いち、に。と小声で体操をはじめるスカイ。
気付けば、デュナがその背後にいた。
メガネが反射してその表情は見えなかったが、その右肩には風の精霊がとまっている。
なんとなく先が読めるので、とりあえず、フォルテの手を引いて水面から離れておく。
あちこち伸ばして最後にうーんと大きく伸びをするスカイの背中に、デュナが「行ってらっしゃい」と笑顔で手を添えた。
風の精霊がスルッとデュナの肩から手へ移り、そのままスカイの背を押して湖の真ん中へと滑り込む。
水に沈む間もないほどの速さで。
波音と暴風に紛れたスカイの絶叫がぷつりと途絶えたかと思うと、その姿は水中に消えていた。
浮島までの距離の三分の二程を進んだ辺りだろうか。
湖を、また静寂が支配する。
「……スカイ、沈んじゃった……」
フォルテが隣で心配そうに呟く。
「すぐ出てくるわよ」
デュナがフォルテに言った途端、
「ぶはぁっ!!」
と、スカイが水面に顔を出した。
「いきなり何すんだよっ!」
「あら、サービスよ?」
デュナが、心外だとばかりに首を傾げる。
「断りも無しに冷水に突っ込ませるサービスがあってたまるか!!」
「あんたクジラでしょ?」
「クジラは淡水には居ねぇ!!」
いや、その前にクジラじゃないという否定は……?
「スカイ、元気だね」
フォルテがにこにこと私を見上げて言う。
「そうだね」
つられて笑顔で返事をする。
当のスカイは「いいからさっさと花を取ってきなさい」とデュナに叱咤されて浮島に向かって泳ぎはじめた。
「あ」
フォルテが突然駆け出す。
水際、ギリギリのところに黄色い花が一輪咲いていた。
「咲いてるーっ」
フォルテが嬉しそうに、その小さな花を覗き込む。
「ほんとだね」
水仙に似たその花は、すっと伸びた茎の先に若干俯き気味のささやかな花をつけていた。
つぼみの状態から黄色がはっきりと見えるせいか、つぼみたちに紛れて気付かなかったのだろう。
フォルテに合わせて花の傍にしゃがみ込もうとするも、マントの裾が水面に付きそうで諦める。
フォルテは、湖の淵まであと少しと言うあたりにしゃがみ込んでいる。
立ち上がるときには気をつけておかないと、うっかりこんな所で躓かれでもしたら、湖に落ちかねないな……。
後ろからやってくるデュナに、声をかける。
「これ、掘り返して持って帰る?」
鉢植えにする分は、陸地で確保する方が良いだろう。
「ああ、鉢植えにするのはつぼみのほうがいいだろうから、それは抜いちゃっていいわよ」
デュナの声に、花に手をかけたのはフォルテだった。
「あっ、フォルテ! その花抜くときには――」
プチッと小さな音を立てて、フォルテが花を引き抜く。
思わず目を閉じる。
この黄色い花は、抜かれる瞬間に黄色い光を発する。
それを見てしまうと、幻惑効果にかかってしまうのだ。
誰か、フォルテにこの事を説明しただろうか。
少なくとも、私は、まだ伝えていなかった。
三秒ほどして、そろりと目を開ける。
フォルテは、小さな手に黄色い花を握り締めたまま、立ち上がっている。
「フォルテ、今黄色い光を……」
見たか、と問うべく覗き込んだそのラズベリー色の瞳は、光を映していなかった。
ぐらり。とフォルテの体が静かに傾く。
よりによって湖の方へ。
「フォルテ!!」
伸ばした腕がなんとかフォルテの手首を掴むが、
力の抜けてしまったフォルテの体は鉛のように重かった。
ダメだ!! 支えきれない!!!
両腕を添えるも、一瞬のうちに引き摺られ片足が地面を失う。
フォルテの肩が、髪が、水に浸かる。
駆け寄るデュナが何か叫んでいる。
次の瞬間、私の視界は水中にあった。
作品名:circulation【3話】黄色い花 作家名:弓屋 晶都