circulation【3話】黄色い花
フローラさんの柔らかい微笑みには、見る者をホッとさせてくれる不思議な力がある。
彼女を包む空気までぽかぽかと暖かくなりそうな、そんな微笑だ。
皆でほんわかした瞬間、異臭が鼻を突いた。
慌てて臭いのする方へ走る。
やはりキッチンか。
そこでは原形がわからなくなった何かがフライパンの上で黒焦げになっていた。
すぐに火をとめる。
良く見れば、フライパンも、見たことのないものになっている。
私が出かける前に使っていた物ではない。
ということは、あのフライパンはどうやってか知らないがダメにしてしまったということか。
私の後ろからパタパタとフローラさんが駆け込んでくる。
「まあ、ごめんなさい、火を付けっ放しだったわねぇ……」
……先ほどの会話の最中放置されていた程度では、こんなことにはならない気がするのだが。一体いつから付けっ放しだったと言うのだろう。
聞いておきたいような、聞くのが怖いような……。
「母さん! 私達が居ない時に火を使っちゃダメだって言ったじゃない!!」
デュナがフローラさんに詰め寄っている。
フローラさんを心配しての事だろう。
「だって……食べる物無くなっちゃったんだもの……」
フローラさんがしょんぼりと上目遣いでデュナを見る。
私よりは背の高いフローラさんだが、ハイヒールのデュナには当然敵わない。
連絡も無しに長期帰らなかった事で、デュナも罪悪感を感じていたのか、ぐっと小さく呻くと、見る間に怒気が消え去った。
はぁ。と小さくため息をつくデュナの後ろから、スカイが
「ごめんな、母さん。今日はラズが美味しい物作ってくれるからな」
とフローラさんを励ました。
「まあ! それは楽しみだわ~♪」
ぱあっと一瞬で明るい笑顔を取り戻すと、フローラさんは
「私にもお手伝いできることはあるかしら?」と聞いてきた。
その申し出を丁重にお断りして、まずはこのキッチンを料理のできる場に復活させねば……と見渡した。
荷物をキッチンの隅に置くと、皆それぞれ掃除に取り掛かる。
スカイは外の植木鉢を起こしに、デュナは自分の部屋へ、私とフォルテも、一度部屋に戻って帽子とマント、それにグローブを脱いでエプロンをつける。
ひとまずエプロンがすぐ取り出せたことにホッとする。
なぜ本棚の本が全部ベッドの上にあるのか、なぜベッドに布団が一枚もないのか、色々気になる事はあったが、まずは料理だろう。
フローラさんが手伝いに来る前に、流し台周辺を片付けて料理にとりかからなくてはいけない。
「フォルテ、お料理手伝ってね」
声をかけると、ふわふわの髪を後ろでひとつに束ねていたフォルテが振り返って
「うんっ」
と力強く頷いた。
その小さな姿を、とても頼もしく感じる。
「フォルテがいてくれて、ホント助かるわ」
思わず零れた言葉に、エプロン姿のフォルテが極上の笑顔で答えた。
翌日は、やはり一日中掃除に費やされた。
残念なことに、この日は朝からしとしとと雨が降り続き、洗濯は次の日に繰り越すこととなる。
その翌日は、打って変わっての快晴。洗濯日和だ。
家の裏庭に、フォルテと二人でありったけの洗濯物を干す。
スカイは家の屋根に布団を干している。
裏庭といっても、家の表側は道に面していて、庭は裏側にしかないわけだが。
風に揺れる真っ白いシーツにふかふかのマント。
帽子も、頭のあたる部分に汗抜きをして、風通しの良い室内に陰干しした。
スカイのバンダナは丸洗いできるので楽そうだな……。
洗濯物に混じって、クジラの開きが三枚ぶら下がっている。
それでも、今スカイの頭にクジラが一頭乗っているわけだから、少なくともあのクジラのバンダナは四枚以上はあるのだろう。
それぞれのクジラの表情は、見比べてみるとほんの少しずつ違っていた。
一枚ずつ、スカイの手描きだから当然なのだが、見比べてみなければ分からない程度の誤差だ。
バンダナの群れを凝視していると、フォルテがてこてこと傍に来た。
「クジラ見てるの?」
「うん、良く出来てるなーと思って……」
「すごいよねー」
デュナは、昨夜から研究室に篭ってしまった。
今夜になっても出てこないようなら、明日もクエストには行けないだろうな……。
今夜も多少は保存食作りをするつもりだが、明日も家にいるのだとしたら、なるべく沢山作っておこう。
今回のように突然クエが長引いても、フローラさんが食べ物に困らないように。
作品名:circulation【3話】黄色い花 作家名:弓屋 晶都