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circulation【3話】黄色い花

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2.桜色



 翌朝はのんびりと、ホヨンを十時過ぎに出る。
 家まではあと六時間程だ。夕方には着くだろう。

 今日も天気は悪くなかった。薄曇りではあったが、肌寒いほどではない。
 今回の旅は一度も雨に降られず、天候に恵まれていた事を感謝する。
 私達四人は、林の間を抜ける一本道を黙々と歩いていた。

 朝、目が覚めた時、私にくっついて眠るふわふわのプラチナブロンドの向こうに真っ青な髪が見えて一瞬混乱したが、そういえば昨日は無理矢理三人で一つのベッドに寝たんだっけ。

 やっぱりバンダナを巻いたまま寝ていたスカイだったが、寝起きは寝癖だらけだったその髪が、今はきちんと直されているのを見る限り、起きてから、もう一度バンダナを巻き直したのだろう。

 いくら記憶の中を探っても、スカイがバンダナを外している姿というのは、私がスカイ達の家に来た当初の、スカイがバンダナを巻き始める前しかない気がする。
 もしかしたら、バンダナを外すともう大分薄かったりするんだろうか……。

 余計な心配をしていると、左手の先に繋がっていたフォルテから、小さくお腹の音が聞こえてきた。

 前を歩くデュナが振り返って、
「林を抜けたらお弁当にしましょうね」
 とフォルテに話しかける。
「家に帰る前にさ、なんか……食べる物買っていった方が良さそうだよな」
 後ろからスカイの声がする。
 基本的に、町の中以外はデュナ・私・フォルテ・スカイの順で歩くことが多い。
 町々を結ぶ街道にも、モンスターが出ることはあるし、たまには追いはぎのような輩も出たりするからだ。

 まあ、私達は遭遇したことが無いが。
 おそらく、向こうも襲うならもっとお金を持っていそうな人を狙うのだろう。
「そうね……もう家を出て九日目だものね。色々……厄介なことになってるわね……」
 デュナがぐったりと呟く。

 家に帰り着くのは夕方だけれど、ゆっくりできるのはきっと夜中だろう。
 まずは、自分の寝る場所を確保しなくてはいけない。

 フローラさんが掃除をした場所は、掃除をする前よりもずっと凄惨な状態になる。
 私達は皆、フローラさんに繰り返し「自分の部屋は自分で掃除をするから」と訴えているのだが、こんな風にしばらく家を空けてしまうと、その、ええと、とても優しいフローラさんの事なので、間違いなく凄惨な状態になっていると思われた。

 ちなみに、デュナの研究室には、フローラさんが進入できないように幾重にもロックがかけられている。
 表向きは「危ない薬品も置いてあるので」ということだが、正確には「フローラさんが触ると危ない薬品が置いてあるので」ということだ。

 ホヨンから持ってきたお弁当を広げて手早くお昼を済ませると、早々に帰路につく。
 皆、口には出さないが、徐々に帰る家への不安が募ってきているようで、なんとなく足が速くなってゆく。
 家での食事はほとんど私の担当だ。
 スカイ達の家があるリンべリルは、とても小さな村なので、食料品はその手前のカッシアで買って行くことになるだろう。

 カッシアは村と言っても大きく、ちょっとしたクエストもよく受ける。
 度々お世話になっている薬屋さんもこの村にあった。
「フォルテは、夕ご飯何が食べたい?」
「えーとねー……」
 私の問いに、フォルテが真剣に悩みだす。
 買い出しは、今日の夕飯だけでなく数日分はあったほうがいいだろう。
 明日は丸一日掃除と洗濯だけで終わってしまうだろうし、カッシアまでは往復で二時間弱かかる。
 俯いて考え込んでいたフォルテが、パッと顔を上げる。
「桃のゼリー!!」
 ……それは、夕食というよりデザートだ。
「うん、じゃあゼラチン買って帰ろうね」
「うんっ♪♪」
 桃は、この時期だと缶詰だろう。あまり高くないものがあるといいな……。
「買うの覚えててね」とフォルテに声をかける。
 ふわふわのプラチナブロンドが気合十分に力強く頷いた。
 卵と牛乳とチーズと小麦粉、あとウィンナーは確定として……。
 必要な品を指折り数えていると、後ろから元気良く声がかかる。
「俺、魚っっ! 煮物が食べたい!!」
「種類は?」
「任せる!」
 えーと、それじゃあ先に魚を選んでから、最後に乳製品を買いに行こうかな。重くなるし……。
「わかった」とスカイに返事をすると、今度はデュナから声がかかる。
「今日じゃなくていいから、ラズのピザが食べたいわね」
 グラタンも捨てがたいわ……。と呟くデュナに、どちらも作ると約束をする。
 久しぶりに好きなものが食べられるのが、皆楽しみなようだ。
 私も、久しぶりに料理が出来るのは嬉しかった。
 元々家事全般は好きな方だが、こんな風に楽しみにしてくれる人がいればなおさらだ。
 それでも、今夜はキッチンを片付けて料理を始めるまでに時間がかかるだろうし、簡単な物にしなくてはいけないだろう。

 あれこれレシピを思い浮かべながら、カッシアへと足を踏み入れた。


 日も暮れかけた夕方、やっとスカイ達の故郷リンベリルに着く。
 どうも、買い物に時間をかけすぎてしまったようだ。

 お金にも余裕があったため、みんなのリクエストに答えた買い物と、掃除用具がダメになっていた場合の買い物をしてきてしまった。
 おかげで、四人はそれぞれ山盛りの荷物を抱えている。

 スカイ達の家は、小さな村の一番端のほうに建っていた。
 茶色い屋根が見えてくる。続いて白い壁。まあ、若干薄汚れた白ではあるが。
 二階建てに広い屋根裏の付いた、三階建て程の高さの家が、私達の帰るべき場所だった。
 その建物が足元まで見える頃、抱えた掃除用アイテムが無駄にならない事を知る。
 家の周囲を飾っていた植木鉢はそのほとんどが枯れ果て、背の高い木に至っては、無残にも倒れていた。
 おそらく、フローラさん一人では起こせなかったのだろう。
 玄関前に出してある、靴の泥を落とすためのマットは、何故か半分ほど毛がなくなっていた。
「これはちょっと、直せそうに無いなぁ……」
 スカイがマットを見下ろして言う。
「玄関マットは明日買いに行きましょう」
 デュナが、ひとまず中に入るよう声をかける。
 鉢植えの花達は、これから花が咲こうかという物が多かったのだが、近くで見ると、どうやら水を与えられすぎたらしく、どれもが根腐れを起こしていた。

「ただいまー!」
 スカイの開いた戸を、デュナがくぐる。
 フローラさんに聞こえるよう大きく声を上げている彼女に続いて私達も室内に入った。
「ただいま帰りましたー」
「ただいまー」
 パタパタパタと元気なスリッパの音を響かせて、奥からフローラさんが顔を出す。
 ほんのりと、淡く桜色に染まった透き通る髪が、腰の辺りでサラサラと揺れている。
 フローラさんは、実年齢よりずっと若く見える人だった。
 フリルが沢山付いた可愛らしいエプロンがよく似合っているのだが、そのエプロンが、茶色、黄色、赤に緑とさまざまな色で染まっている。
「まあまあ! お帰りなさい、今回は長かったわね~」
「母さん、ただいま」
 スカイが戸を閉めて入ってくると、フローラさんが私達を見渡してふんわりと微笑んだ。
「皆、元気そうで本当によかったわ~」