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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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「その身長は見上げるほどで、三メートルはあるように感じられた……」
 わたしはそこまで声に出したところで、首を傾げた。今はまだ、企画のさらに前段階。ちょっとした雑談を文章に起こした程度で、起案は後輩のランちゃん。締め切りが近づいてきたから掴みとオチをとりあえずチェックをしているけど、『縦に三メートルある生き物』というのは、想像しづらい。
「うーん、ランちゃんさあ。ちょっとデカすぎん?」
 わたしが言うと、ランちゃんはピアスだらけの耳に触れていた手を離して、くすりと笑った。合図をもらったようにわたしが笑い出すと、対抗するようにその笑いは大きくなって、やがて二人で大笑いした。
「こういうの、今は流行らないんですか?」
「わたしがハマり出した中学生のときでも、デジタル加工全盛だったからねえ。もうちょいリアリティが要るかな」
 夜十時、一杯飲んで帰るとすれば、今が退社のリミットだ。わたしはデスクから首を伸ばして、周りの雰囲気をさらりと見渡した。編集長は徹夜する気だから、今は椅子を並べてその上で眠っている。ランちゃんが苦手な谷口さんは家の用事があるから早々に帰った。
 事件物を扱う雑誌というのは、絶滅危惧種だ。オカルトが混ざっているとなると、元々が不真面目で取るに足りないという扱いを受けやすいから、尚更その立場は弱い。それに、ありとあらゆる『怖さ』を絞り尽くした結果、オカルト業界は全体的にネタ切れ気味だ。だから自由に企画を出す段階なのに、二十歳の若々しい女子社員の口から『身長三メートルの化け物』という概念が出てくる。一応上司のわたしは二十五歳で、決められているわけではないけど、超自然現象や都市伝説が専門。記事を書くときはペンネームにする人が多いけど、わたしはいつも実名で『古島明日夏』と署名を入れている。
「キューっていくかあ」
 肘を曲げながら言うと、ランちゃんは愛嬌のために生やしているような八重歯を覗かせて笑った。
「是非」
 居酒屋でも結局仕事の続き。わたしとランちゃんはノートパソコンを持って社屋から出ると、大通りを一本挟んだ先に並ぶ飲み屋街に足を踏み入れた。立ち飲みでも座って向かい合わせでも、焼き鳥でもタイ料理でも、何でもあり。デスクで色々と考えているよりも、色んな人間の会話を耳に挟める外界の方が刺激的で、はるかに効率がいい。
 ランちゃんはお酒が進むとどんどん静かになって、真面目で神経質な地が出てくる。わたしは足が遅くなるだけで、性格自体は変化しない。何度も利用しているイギリス風のパブレストランで二杯目のギネスを飲み干した後、ランちゃんは言った。
「上に何かがいるのって、昔から苦手で。街路樹の下とか歩くの、今でも怖いんですよ」
「木は特に、生きてるからね。あー、だからランちゃんが考える怖い話ってのは、三メートルの化け物になるのか。分かってきたわ」
 わたしが言ったとき、カールスバーグ二本よりも先にひと口サイズのミートパイが二つ運ばれてきて、ランちゃんは自分に近い方へウスターソースをかけながら笑った。
「ガチで怖がってる可能性ありますよね」
 まるで他人事だ。ソースの甘酸っぱい香りで少し目が覚めたところで、ランちゃんがこちらの答えを聞き出そうとしていることに気づいた。何もかけずにミートパイをひと口食べると、わたしは言った。
「わたしが一番怖いのは、一メートルと……、五十七センチぐらい」
「それって、なんですか?」
 ランちゃんが顔をしかめ、わたしは自分を指差した。
「人間だよ。まあそれは半分冗談だけど」
 その表情からすると、ランちゃんは半分は冗談じゃないんだなって思っている。わたしはほとんど空いたグラスを見つめながら続けた。
「わたしが怖いのは、自分で捨てたはずの場所かな。もう二度と立ち寄らないって決めたのにさ。気づいたらど真ん中にいたりするやつ」
 カールスバーグが運ばれてきて、わたしは中身をグラスに注いだ。ランちゃんは瓶のままひと口飲むと、言った。
「フロイトだったと思うんですけど。不気味なものって、親しみのあるものと同義っていうか、なんか似た言葉らしいですね」
「博学だな。わたしが怖がってるのは、まさにそれだね。フロイトじゃん、わたし」
「私の分析もお願いしまっす」
 ランちゃんの神経質な表情が少し和らいで、わたしの肩の荷も半分近く下りた。そこからさらに数杯飲んで駅で別れ、わたしはコンビニで自分の記事が載る雑誌を買うと、終電に滑り込んだ。記事の内容はしょうもないけど、『古島明日夏』という名前は堂々としているし、大事なのはそっちの方だ。そこにわたしの名前が書かれているということに、意味がある。
 結局ここにいますよ、という表明になるから。
 昔から、説明のつかないような不思議な出来事や怖いものが好きだった。ピークは中二の冬から高二の夏、どっぷり浸かるきっかけになったのは月島冬美で、高一のときに照島秋奈が加わって三人組になった。苗字の二文字目が島だから、『島トリオ』と勝手に呼び合っていたっけ。高一のときに三人が揃っていたころは、今思い返せば本当に楽しかった。三人とも下の名前に季節が入っていることに秋奈が気づいたときも大騒ぎしたし、運命的なものを感じた。そんな感じで、中学校のころは夏と冬。明日夏と冬美のコンビ。高校に入って秋奈が仲間入りし、夏と秋と冬になった。そして今は、夏と秋。
 親しみのあるもの。いや、昔は当たり前だった場所。記憶の中では角が取れて少しずつ美しくなっていくけど、現実はその逆で、どんどん埃が溜まって朽ちていく。そのギャップが空いた状態で、いざ現実の方を突きつけられたら。ときどき、懐かしいという感情を押しのけて違う何かがやってくるのかもしれない。その瞬間がどんなものなのか想像していると、メッセージが届いた。画面を横断するバナーには『帰ってきたアキナ』と表示されている。高校を出てから連絡を取り合っていなかったけど、三年前から再びメッセージのやり取りをするようになった。出張族で海外にいることが多いらしく、基本的に短文のやり取り。でも、明るくて物事を素直に楽しむ秋奈らしさは、文章でも十分に伝わってくる。
『月が綺麗ですねっと。さすがに家にいるよね?』
 わたしは苦笑い浮かべながら返信した。
『終電だよ。ネタ出しも限界あるけどね、ぼちぼち題材だけでも固めないとヤバいかな』
『わー、ブラック』
 茶化すような返信を送ってくるアキナは少なくとも、わたしがこんな感じだということを知っている。でも、冬美がどうしているかは分からない。学級崩壊した中学校、わたしは放課後よく図書室にいた。喋っても委員に注意されることなんかないのに、小声でわたしに話しかけてきたおかっぱ頭に銀縁眼鏡の同級生。それが冬美だった。
『都市伝説とか、私も好きなんだよね』
 クラスに居場所がなかったわたしは、隣のクラスの冬美と瞬時に仲良くなった。駅前に看板を掲げる月島不動産の長女で、とにかく行動力の塊。感化されたわたしは、二人で図書室に霊を呼ぼうとしたり、肝試しで近所の廃ビルに忍び込んだり、好き勝手やっていた。そして三年生に上がったとき、冬美は『うちらの地元には都市伝説が足りない』と、五分前に気づいたみたいに言い出した。
作品名:Suffix 作家名:オオサカタロウ