あみのさん
歩き疲れた三郎たちのグループは、空いている電車の中で、寝ている者が多かった。三郎は、一人だけでぼーっと過ぎ去る景色を見ていた。
間もなく次の駅に着くのだろう。向かい合わせになっている前の座席の人が支度をして席を立った。駅にとまり、また電車は相変わらず空いたままで走り出した。
ふわっと懐かしい匂いと人の気配がしたように思えて、三郎は窓外の景色を見ながらぼーっとしていた顔を目の前に移した。
「ちょっと、足が筋肉痛。横にならせて」
亜美乃だった。亜美乃は三郎の目の前で、ちょっとだけ足をもんだあと、その足を伸ばして横になった。そしてそのまま目をつぶった。三郎の向かい側に来た理由は、単に席が空いていたからなのか、自分と一緒になりたいと思ったのか、それとももう自分を男としては見てないで単に安心出来るからなのか三郎には解らなかった。
すぐ目の前に亜美乃がいる。穏やかな寝顔を見せて。単調に響き続ける電車の音が催眠術のように感覚を狂わす。三郎は、別れたことが夢であって、今二人きりで旅行に来ているのではないかとの思いに囚われた。甘酸っぱい気持ちを抱いて目の前の亜美乃を見る。
最初に出会った頃より少しだけ大人になった今の自分のまま、二人が出会った頃に戻れたら、もっと亜美乃の理想に近い男性になって二人で旅行に来られたのではないかと思った。
三郎はまた単調な電車の音を聴きながら窓外を見る。次々に去ってゆく景色を見ながらだんんだんと、亜美乃のことはいい思い出にして、いつか別の人とうまく恋愛ができるかもしれないと思えてきた。
やがて少し寒く感じられて、脱いでいたジャンパーを取り出す。亜美乃が心持ち体を丸めている。三郎はジャンパーを亜美乃の胸の辺にそうっと被せた。亜美乃の顔が少し動いた。夢でも見ているのだろうか、相変わらず小さな口元がちょっとだけ微笑んだ。
(終)