あみのさん
1 クラクション
初夏の心地よい風が顔をよぎる。出会ったばかりの彼女亜美乃はノースリーブのワンピース。小さな肩の丸みがチャーミングだ。並んで歩くだけで三郎は幸せだった。亜美乃は三郎が勤める小さな会社の新入社員だった。まず最初に社長が新入社員の紹介で「……佐藤亜美乃さんです」と言った時、砂糖とアミノ酸という言葉が頭に浮かび思わず笑ってしまった。亜美乃は私をチラッと見て、それからニコッと笑った。三郎は一瞬で虜になった。
三郎は気軽に女の子に声をかけるタイプではなかったが、亜美乃の魅力がそうさせたのだろう、数日後にデートの申込をしていた。
歩行者用の信号が点滅し、青から赤へ変わろうとしている。亜美乃は依然、ゆっくりと歩いている。三郎はちらっと亜美乃の顔を見た。悪戯っぽい眼で微笑む。三郎は亜美乃の手を引っ張ろうと手を差し出した。ごく自然に亜美乃の手は三郎の手と握り合わさって、二人で駆けだした。渡りきった二人の後ろを怒ったようにクラクションを鳴らして車が通りすぎる。二人にはそれが祝福の音に感じた。
初めてのデートでごく自然に手を握り合って、三郎は掌から幸せが全身に回るのを感じた。あれっ、もしかしたらこいつ手を握りたくてゆっくりと歩いたな。そんなことを思いながら亜美乃を見る。亜美乃はそんなことを忘れたように手をつないで嬉しそうだ。二ヶ月彼女の生まれた日が早かっただが年下に見えた。
いろいろな人が回りを行き交う。日本は経済成長の真っ只中だった。さあ、盛り上がれ、テンションを上げて買い物をしろ、恋人ともっと接近しろとでも言うように街全体が音を出している。
「どこへ行こうか」と三郎は、優しさか優柔不断か分からない声で聞いた。
「まかせるわ」
亜美乃はそんなことはあなたが決めるべきよというように短く言った。
「行きたい所とかないの」
三郎は初めてのデートなのだ。何とかしてよという風に亜美乃を見ながら言った。
「うーん、二人っきりになれるところがいいな」
亜美乃はそう言ってから、ハッと気がついたようにテレた顔をして「ヘヘ」と笑った。
三郎は一瞬、どういう意味だろうと思い、さらにこの女はかなり男経験があるのだろうかとの思いにとらわれた。しかし、さりげなく三郎はあたりを見ながら歩いた。人の流れにのって歩いていると二人は映画館のある区画へ向かっていた。