ひとり言 せずにはいられない
プロローグ
毎日、午前9時に始業。僕は8時半頃、事務所に到着してる。順次出勤して来る部下たちに「おはよう」を言うのが、9時までずっと続く感じ。
3月までは出勤時にタイムカードを打刻していたのだけれど、4月からはIDカードをスキャンするクラウドでの勤怠管理に切り替えた。休暇や遅刻の申請もスマホから出来て、便利って言えば便利。でもそれら申請のお知らせが、日に何件も届いて管理職はすごく面倒だ。
朝礼は社員全員で出来なくらいに人数が増えたから、各部署の主任以上を食堂に集めて行っている。その後、各部署に戻って社員全員に落とし込むので、手間はかかる。一応その情報はLINEWORKS(ビジネス用のLINE)でも全社員へ送信しておくのだけど、いくらデジタル化が進んだとは言え、アナログで対応した方がいいこともあると思うんで、その手間は惜しまないようにしたい。
課長以上の管理職は朝礼後、引き続き僕とのミーティングを行っている。
「じゃ島君は、それとこれは同時並行でやってください」
「二つも同時に出来ません」
「僕も手伝うから、成り行きだけは目を放さないように、逐一報告してくれれば指示を出すから」
「杉ちゃんは、弁護士の確認をお願い」
「もう料金が発生するんで、そろそろ方針を固めないといけませんね」
「正直なところ、先生に丸投げしたいけど、相手も裁判なんか望んでないだろう」
「出来るだけ話し合いで、折り合いの付く金額を探りますけど、あんなやつ相手にお金使うのもったいないですよね」
「ん、だね。時間使うのももったいないくらいだけど、裁判するのも無駄だしね。お金で早期解決が一番楽でしょ。どうせ保険が利くから」
「西山さん、国道沿いの物件と駅近物件の改築費用の見積り取ってくれた?」
「ああ、まだ送ってもらえてないです」
「急がないと夏からの事業に間に合わないよ」
「う~ん、でも相手が遅いんで」
「何言ってんの? 催促して期限を決めて出してもらわないと」
「・・・はい」
「せめてどっちを買うかくらいは、早く決めたいから急いでください」
「ああ、それと島君。労災対策の安全ルールは絶対順守することを、全員に厳しく再周知お願い」
「それメールでまわしときました」
「だめ! 現場に行って、みんなを集めて、口頭で周知して来て」
最近、仕事が忙しくなってましてね。
僕はあと5年で定年退職なんで、それまでに出来るだけのことを積み上げておいて、後輩に道を譲ろうなんて思うんですが、はっきり言って、僕のペースに付いて来られる人がいない。つまり、業務が滞りがちになるんです。だから、僕が抜けても事業部がつぶれないように、もっと新規事業で幅を広げておいて、ちょっとやそっとじゃ揺るがないように地盤固めしておきたい。
本社は僕の事業部から80km離れた街にあるんですが、こっちには支社と呼べるような拠点もないんです。ただ事業部としては本社に所属してるんですけど、僕が配属された取引先の事務所と工場を間借りして、勝手に事業拡大して来たもんだから、今じゃ人員規模では本社の7倍以上になって、売り上げも当初の10倍くらいに成長させちゃった。
元々僕は引き抜きにあって、この会社に来たんですが、実力を示さないと(なんだそんなものか)って言われちゃうのが嫌で、とにかく目標達成に拘って仕事して来ました。すると先輩や上司の成績をどんどん追い抜いていくので、比較されるのが嫌で辞めちゃう人が多かったんです。
実は僕が入社してから社長も4人目です。初代はカリスマですが、2代目3代目は実力不足、経営ノウハウを知らない素人でした。
2代目の当時はまだ30人程度の会社で、特に社長業っぽい事なんか必要無かったようですが、自分が行きたい出張に優先して行くような社長では、全体業務は出来ないでしょ。当然業績悪化で、皆が積み立てていた退職金まで使い込み、社員から批判を浴びて逃げて行く始末。
次の社長は営業部長が立候補して、職権乱用で普通に就職できなかった息子と奥さんまで入社させて優遇したり、会社を保証人にしてお金を借りて、実体のない子会社を作ると、すべての親会社業務をその子会社を通したことにして、家族にだけ利益を落とす構造を作り出したので、僕は管理職会議で『具申書』を提出し、株主会に社長解任の動議を起こしました。
それで今の社長は、取引先だった大企業の台湾支社長が、退職されて帰国された折、当社に来てくれたのです。さすがに今までの社長とはレベルが違いました。業績を伸ばす社員を評価してくれて、自由にやらせてくれたおかげで、僕も事業部をここまで成長させることが出来たんですね。でも、まだ代わりに出来る人が育ってないんです。おかげで定年後も社長から残るように要望されていますが、僕にはまだ、他にも挑戦したいことがあるんですよ。
定年後にやってみたいこと。それは多肉植物の栽培です。
へへへ、全くの畑違い(栽培の畑じゃないよ。業界違い)なんですけど。以前のひとり言『取らぬ多肉の皮算用』に書きましたが、今も大量生産の研究と販売網の構築に、人知れず力を入れています。定年したら、夫婦でこれやろうってことなんですけど、最近、女房がね・・・。
作品名:ひとり言 せずにはいられない 作家名:亨利(ヘンリー)