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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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ひとり言 せずにはいられない

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「いや、僕はこんな状況で言いくるめられるのが嫌ですから、代理人に任せることにしました。実は先週話し合ってからすぐに弁護士にお金を払いに行きました」と顔を真っ赤にして聞き入れる気が無い様子だ。
「それって無駄なお金じゃないの? 賠償するって言われてる金額から弁護士の取り分を君が引かれてるんだよ」
「そちらは弁護士の費用を払ってくれないんですか?」って僕に聞くなよ。
「それはあなたの弁護士ですから、あなたが払うのが当然です。もし当社が請求額に納得しなかったら、裁判てことになって、お互いもっと高額な費用が必要になるでしょうから、そちらはその金額も含めて請求されるんでしょうけど、弁護士の取り分を増やすだけで、我々は何も得しませんよ。今はまだ話し合えば解決出来たのではないですか?」と言うと、
「そうだよ、君、もったいないよ」と代弁してくれている責任者も同じ意見だ。
「僕はこんなふうに言いくるめられたくないから、そう言ってるんですよ。お金が欲しいんじゃないです。実際に鬱病になったんで、その補償を求めてるだけなんです」
それこそが、お金なんじゃないのか? 元気な鬱病だな。
 皆さんはこの人が、完全に勘違いしてることにお気付きでしょうか?
「裁判するぞ」「弁護士が来るぞ」って脅したら、きっと僕が困ると思ってるんでしょう。確かに困りますけど、もっと困ることになるのは、相手の方なんですよ。
裁判で「慰謝料払いなさい」って言われる前から「当社は慰謝料を払います」って言ってます。じゃ、裁判で何を争うの? 金額でしょ。だから「その請求額の内訳を教えて」って言ってるんです。それを履行してくれないと、不当に高額請求された当社は、話し合いに応じてくれないなら、逆にこの人相手に(妥当な金額を裁判所に決めてもらうような裁判)を起こすことになるんです。
 それに気付かず、マウント取ってるつもりなんだろうな。挙句の果てに、
「ルール違反して僕の上で作業してたくせに、会社としてちゃんと謝罪もしてくれてないし、そちらはどういう会社なんですか!」などと言い出す始末。僕は驚いた。
「いやいや、何度も正式に謝っておられるし、ルール違反したのも君だって聞いてるよ」
「いいえ、僕は違反なんかしてません。後から上に登って作業されたんです」
「それならその時注意した? 作業リーダーは、現場に誰もいない状態で、宮内さんに手直し作業するように頼んだそうだよ」
 勢いで言いきれば、ごり押し出来ると思ってるのか。そんなのを今までの人生で繰り返して来たんだろうな。気の弱い一般人ひとりに対してなら通用したんだろうけど、僕らは企業ですよ。合理的な説明が通らないと動けないんですよ。この場で嘘は身を滅ぼすよ。ところが、
「嘘は付きたくないんで正直に言いますけど、僕はここで働きながら、ダブルワークもしてました」
何たる告白。それって、不法に二重雇用を受けてたってこと?
「もう一方の会社にも迷惑をかけてるんで、早く解決したいだけです」
自分は忙しい人間だってアピールしたかったみたい。ああ、恐ろしい人だ。こんな人が自分の身近にいるのは本当に嫌だ。
「それじゃ君、よく会社休んでたのは、別の会社で働いてたからだったのか」
「ええ、本当にすみませんけど、ここは辞めて別の会社に行くつもりでした」
自分は優秀な人間なので、他にも引く手数多とでも言いたかったのかな。
 鬱病になった理由は、(現場の作業者と関係が悪くなったことがきっかけで、すべてあの事故が原因で、そちらの過失責任100%です)と、あの手紙には記載してあったんだけど、そう言う事にすれば、お金がもらえそうと考えたのは分かるよ。でも因果関係の証明は難しそう。
「そもそも君は出勤率が異様に悪くて、当日突然休んだりしてたでしょ。それ他の会社で働いてたんだね」と所属企業の責任者が問い質す。
「・・・ええ、でもこの会社にも恩はあるので、僕は訴えたりしません。派遣会社にもしません。加害者企業にだけ損害賠償を請求します」
(何言ってんだ? こいつ)
「すぐに支払ってください。書類は揃ってますから。でないと訴訟にしてもっと高額の請求が弁護士から来ますよ」
「ふう・・・・・・いいですよ。じゃ、うちも代理人に任せます」