小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Locusts

INDEX|31ページ/31ページ|

前のページ
 

 橋本は両手をポケットに突っこんだまま、笑顔を向けた。
「こんばんは」
「呼ばれた? 奥におるで」
 店主は個室の座敷に顔を向けた。橋本はつかつかと歩くと、座敷の引き戸を開いた。小森が目を見開き、笑顔になった。
「ひなちゃん」
 早川が顔を向けて口を開きかけたとき、橋本はレディスミスの銃口を早川の眉間に向けて、引き金を引いた。小森が悲鳴を上げ、早川は飛び退いて壁に頭を打ちつけた。頭上にかかっていた絵が落ちて額縁のガラスが粉々に割れたとき、自分が死んでいないことに気づいた早川は目を忙しなく瞬きさせた。
「ビビりすぎやろ」
 橋本はそう言うと、笑った。タクシーを呼ぶ前までは、弾を入れたままにしていた。何度もシリンダーを開いている内に、何が無意識にそうさせるのかを、理解した。B棟のエントランス。自分の家なのに、もう遠い世界のような場所。そこで、川手と約束したからだ。無事に家へ帰ったら、また相談相手になると。殺してしまったら、そんな簡単な約束すら守れない。
 そして、わたしはそんな人間じゃない。だから弾は全部、川に投げ捨てた。
「一緒にすんなよ」
 橋本は呟くと、早川が座敷から出られるように一歩引いた。
「団地には戻らん方がいいで。めちゃくちゃになってる」
 小森は、橋本の言葉がきっかけになったようにスマートフォンの通知画面を見て、目を大きく開いた。
「キノが、すっぽかしてごめんって。こんなん言わん人やのに」
 橋本は口角を上げた。少なくとも、木之元は生きている。あの性格だから、仮に捕まったとしても、使える人間は全て使って、自分を売り渡した人間に制裁を加えるだろう。
「キノは全部知ってるで。やからさ、遠くまで逃げや」
 橋本が言うと、早川は上着を取って座敷から出た。橋本はレディスミスを押し付けるように渡して、早川がそのグリップを握ったことを確認してから言った。
「要るかもしれんで。弾はないけど」
 早川はレディスミスをポケットに入れると、何も言うことなく背を向けて小走りに店から出て行った。その様子を見届けて、橋本は小さく息をついた。何も言わずに済んでよかった。特に翔を失ったことは、絶対に言わない。返ってくる言葉を耳に入れたら最後、それこそ本当に殺してしまうかもしれないから。
 橋本が空いた席に腰を下ろすと、小森はICレコーダーの録音を止めて、粉々になった額縁を見ながら言った。
「びっくりしたー。ひなちゃんどうした?」
 店主が箒を持ってやってくると、言った。
「なんかあった? 早川さん帰ったけど」
「小森ちゃん、怒らせたんちゃうの」
 橋本が言うと、小森は困惑した表情を浮かべたが、無理やり苦笑いを浮かべながら店主に言った。
「ちょっと、地雷踏んだみたいです。お店がどうとかじゃないですよ」
 隣の座敷に移動して、元の席で店主がガラスを片付け終えたとき、半分残ったビールのグラスを細い指で持つ小森は、小声で言った。
「何があったん? あれ、本物?」
 小森はいつも通りだ。話すのをやめるタイミングや、質問をしていい会話の間がどこかなんて、そんなことは全く気にしていない。でもその裏返しに、何がどんな風に起きても話を聞いてくれる。ビールグラスに巻き付いた細い小指をぴんと立てて、好奇心の塊のような目を向けている今も同じだ。お願いだから、普通にしていて。そもそも長居するつもりはないし、今すでに戻りたいぐらいだから。橋本は懇願するように小森の顔を見ると、改めておしぼりを持ってきた店主に言った。
「ジンジャーエールをください」
 店主が厨房に帰っていき、橋本は言った。
「面白かったら、記事にしてくれていいよ」
 小森は挑まれた勝負に応じるように、華奢な腕にふんわりと重なる袖を捲った。橋本は深呼吸をすると、おしぼりの封を切った。休日のパパみたいな恰好をした男にサッカーボールのように蹴られていた、情けない青鬼と木之元。ナイフを片手に持って笑うジャージの少女と、自分を助けようとしてくれたその兄。そして、青鬼が最後に披露した滑稽な手の平返しと、ガソリンが引火して火柱になったステップワゴン。小森は圧倒されるだろうし、面白い記事を書くに違いない。橋本は店主からジンジャーエールを受け取ると、ひと口飲んでから言った。
「こぐまのプーって名前なんやけど」
 でも今晩、あの団地で何が起きたかなんて、そんなことは話したくないし、わたしは語り手として相応しくない。そういう類のことは、その世界の人間に取材するべきだ。例えば、キノとか。小森は首を少しだけ傾げながら、ICレコーダーの録音ボタンを押して口角を上げた。
「ぬいぐるみ?」
 橋本はうなずいた。ぬいぐるみというか、形見というか。正しい言葉を選ぶのは難しい。少しだけ間が空いた後、川手が教えてくれた新しい呼び名を思い出して、橋本は話し始めた。
「そう、わたしの宝物」
 そして、そんな宝物を軸に今から話すのは、実は家出する気なんかなかった家出少女の話だ。自身がめちゃくちゃな場所で育った金髪女は、身になるアドバイスができるか全く確信がないまま、その未来を見届ける約束を交わした。
 そして、それはもう始まっている。
作品名:Locusts 作家名:オオサカタロウ