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それって必要なの?

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ある穏やかな小春日和の午後、報告された統計において出生率が下がっていることに日本の厚生労働省の役人が気付いた。
あれ?何かが起こっている。
 1か月後の記者会見では、状況を踏まえて国民がもっと安心して子育てができるような環境を作ることに全力を挙げますという大臣のコメントが発表された。
 詳細な調査が始まった。世界中で同じ現象が報告されていた。世界中の人間の受精卵の着床率が著しく低下していた。
自称マッドサイエンティストによる犯行声明が発表された。
「遺伝子編集の技術により、人間の細胞性免疫が受精卵の表面にできる透明帯(Zone pullucia)を攻撃するように、表面組織に人間のPZPたん白を組み込んだ常在性微生物を環境に散布した。外来種生物を減らして生態系を守るために普及している技術の応用だ。カナダのダマジカ、ハワイのマングースそして、ニュージーランドのオポッサムに対して用いられた実績がある。アフリカ原産の地球史上最悪の外来種生物、ホモサピエンスも同じ運命をたどるのだ。ざまあみろ !(^^)! 」とのこと。
 真偽のほどはわからなかった。こういったバイオテロの話が本当だとしても、遺伝子編集のキットは一般に市販されており、多くのスタートアップ企業が世界中に軒を連ねている現状では犯人を特定することは難しかった。
宇宙人の声明なるものもネットに掲載された。「我々は深い悦びをもって地球人に伝達する。我々は450年後に地球に到達して支配者となる。その成功率を高めるため、人類が繁殖することを禁ずる」。これは世界的ベストセラーSF小説「三体」のパロディだと推定されたが、その他にも秘密結社ゲロショッカー、ダチョウ真理教、そして宇宙猿人ムリなど多くの未確認組織からの犯行声明があり、真偽のほどはわからなかった。
 日本人の出生数は第1次ベビーブーム4期には約270万人だったのが、2020年には84万人になって年金、介護、年金及び財政に大きな不安をもたらしていた。これが2万人を下回った衝撃は大きかった。全世界で同じような現象が広がっていた。不妊率の増大、出生数の低下が人類存亡の危機として浮上した。国連総会で「不妊危機」を最重要課題とする決議が採択された。
子供が生まれるとニュースで報道されるようになった。「どうしたら生まれたんですか?」という質問が昼夜を問わず殺到した。
 「人類の栄光と存続のための騎士団」なる男性のボランティア団体が結成された。彼らは脂ぎった目つきで女性を物色しながら強制性交を試みて街を練り歩いた。各国で模倣が相次いだ。警察は取り締まりを行ったが、「騎士団」も対抗して銃撃戦となった。
 日本の男性の警察官の中にはシンパシーを感じているのか、厳しい取り締まりをためらう者もいた。ベテランの警察官は机を叩いて怒った。「お前らは寿司屋か!握ってんじゃねえ!」。握るとは妥協するという業界用語である。
アメリカでは自衛権を尊重する建国の精神から女性が拳銃を所持することが奨励された。ある日、有名カフェのタンブラーを右手に持った女性が襲われた。右手がふさがっているから拳銃をすぐに取り出せないだろうと思われたのである。するとタンブラーが火を噴いた。その中には小型銃器が入っており、すぐ発砲できるようになっていた。メイク・マイ・デイ!!
 アメリカでは多くの女性が緑色のタンブラー容器を右手に持つようになった。緑色のタンブラーは銃より恐れられた。猛禽をだますために猛毒のサンゴヘビそっくりに進化した無毒のキングヘビのように、生物学でいうところの「ベイツ型擬態」が成立したのである。
 出生数を向上させるため、憲法を改正しやすい国から次々に「子宮法」が制定され、施行された。成人女性は既婚・未婚に関わらず、排卵日には性交もしくは人工授精を受けることが義務化された。キリスト教では「処女受胎」は聖母のみに顕れた奇跡であるが、相当な数の女性が「聖母」となった。「子宮法」制定が遅れた国では著しく人口が減少した。
 養育費用は国家がすべて負担することになり人工中絶は禁止された。「子宮」は「国家のもの」となった。その代わり女性には、男性に対して精子を要求する権利が与えられた。対象となった男性には断る権利は認められなかったが、性交か精子提供かを選ぶ権利が与えられた。トップクラスの俳優・スポーツ選手の精子が大人気となった。精子のドナーを偽って自分の精子を高額で売りつける詐欺も多発した。シングルマザーや、見ず知らずの男性の子供を育てる夫婦というのは普通の家族形態となった。
 容姿、収入もしくはその両方によって、若くして性愛から排除され生涯を独身で過ごす者が過半数を占める21世紀の日本においては、このことは他人事として抵抗なく受け入れられた。
 教育の在り方も大きく変わっていった。政府が教育の責任を家族制度に押し付けることはできなくなった。日本政府は初めて「個人」と向き合うようになり、いじめや教育についても家庭に責任を押し付けて済ますことは無くなった。
 「こんな私でいいですか?」という映画がヒットした。風采の上がらない中年男性に美しい若い生物学者の女性が精子要求書を送る物語である。人類の遺伝子多様性を保つためには、誰も求めないあなたの遺伝子こそ必要です!それだけは自信を持ってください!というのである。
 餓死者が多数出ているにも拘らず、この世の楽園と自称する「道徳主義人民共和国」では、その国の独裁者の精子が大人気だった。というよりそれ以外の選択肢が、国是からして無かった。遺伝子多様性が低下して国が亡びるという声は、この国の全女子が「総統大先生様」の精子を望んでいますという声にかき消された。10年後には後継者争いが勃発して内戦となり、世界各国に八つ当たりの大陸間弾道ミサイルが降り注いだ。
 円滑な人工授精の実施のために自由恋愛を禁止する国もあったが、自由・平等・博愛の国、フランスは、自由恋愛の強化により不妊危機を乗り越えることが試みられた。フランスはアモール、すなわち愛の国である。しかしその代償として性生活はネットカメラを通じて徹底的に監視されて、「怠業」には専門家による徹底的な指導が行われた。
 大韓民国大統領は自国への移民を呼びかけた。ハングル文字は世界一覚えやすい文字です。1時間でマスターできます。カタカナ・ひらがな・漢字の音読み・訓読み・重箱読みをマスターしなくてはならない日本語とは大違いです。移民するならテハンミングクです!!
 日本の著名な歴史小説家は悔しがり、ハングル文字を発明した世宗大王と豊臣秀吉を交換したいと自嘲した。
 最貧国では子供が生まれると親は喜んだ。他国に養子として出すことで大金 持ちになれるからである。
 先進国では労働人口が減少してもAIやロボットが労働を担い、問題は生じなかった。
 そうこうしているうちにさらに妊娠率が低下した。男性の精子の鞭毛を細胞性免疫が攻撃するように仕組まれた不妊化生物兵器が散布され、地球全体に広がったのである。男性の体内で活力ある精子は減滅していった。もはや自然性交による妊娠は不可能となり、採取した精液からえりすぐった精子を集め、体外受精で受精卵を作って受精卵移植するしかなかった。
作品名:それって必要なの? 作家名:花序C夢