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ある男

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考えたくないほど最悪の事態に、アレスはめまいを覚えた。目の前の男が可愛がっている若者に、クリスに、手を出したのか。それは、自身どころかファミリー全体の死刑宣告を意味する。
男に目を向けられて、アレスは今すぐ命乞いをしたい気分だった。

「子育てって難しいねえ。そう思わん?」
「同感です。子どもというものは、どうしても思い通りにならない」

男は溜め息をついて、やれやれと首を振る。そして、同情するような目をアレスに向けた。

「まあ、男の子ってのは、やんちゃするもんだ。思い当たるよな、お互いに」
「お恥ずかしい限りです」

笑顔を崩さず、アレスは目まぐるしく思考を巡らせる。
どうすれば、この男の怒りを鎮められるのか。下手な受け答えをすれば、文字通りファミリーは皆殺しにされるだろう。それどころか、彼におはようと言った近隣住民、車にガソリンを入れたスタンドの店員など、僅かにでも関わりを持った者たちさえ巻き込まれかねない。目の前の男に、常識は通じない。
火の粉が振りかかる前にと、他の組織からアレスは狙われるだろう。男の怒りを買った瞬間、世界が敵に回る。

「でもさ、我が子は可愛いもんだろ? なあ、アレス?」

アレスは答えず、申し訳なさそうに眉を下げた。目の前で縛られている愚鈍なクズは始末しよう。そう心に決めながら。

「子どもに手を出されたら、親は怒り狂うもんだ。どの親もそうだな。学んだよ。この年になっても、まだまだ学ぶことは多い」

心臓が締め付けられ、呼吸が荒くなるのを必死で抑える。クリスに手を出された男の怒りなど、想像したくもない。だが、目の前の男は、まだこちらと話を続ける気があるようだ。
男は大仰な身振りで手を広げて、アレスを見据える。

「それに、子どもの躾ってのは親の役目だ。あまり口を出すのは失礼になる。そうだろう、アレス?」
「そう……ですね。そうかもしれません」

歯切れ悪く返答すると、男は首を振って、

「分かってるさ。こんな時間に約束もなく押しかけてくるなんて、非常識だよな。でも、アレスくんは友達だから、分かってくれると思って」
「ええ、もちろん。もちろんですとも」

アレスが慌てて頷くと、男も満足そうに頷いた。

「それは良かった。だからさ、後はアレスくんにお任せしようと思うんだ。君ならきっと、常識的な判断をしてくれると信じてる」

常識の通じない男は、そう言って笑顔を浮かべる。アレスも迎合するように笑みを浮かべた。

「もちろんです。息子には、きちんと責任を取らせますよ」

男は大袈裟な仕草で腕を広げると、

「良かった。やっぱり、君と話して正解だったよ。まず話し合って、相手の考えを聞いてからじゃないとな。我が子の為なら、どんな手段も取るけれど。その前に、話し合いは必要だ」
「私も、あなたと話せて良かったと、心から思いますよ。償いの機会を頂けたこと、感謝します」

ひとまず最悪の事態は回避できたようだと、アレスは息を吐いた。まだ気を抜くわけにはいかないが。

「あ、そうだ。ついでと言っちゃなんだけど、ひとつ頼まれてくれん?」
「なんなりと」

ぐっと息を飲み込んで、アレスが答える。男は困ったように眉を寄せて、

「君の息子くんの恋人に、ミアって子がいるんだけどさ。ご両親はもう他界してるようだから、お話し出来ないんだ。息子くんの子どもがお腹にいるらしいんで、君が親がわりってことで、お話ししてくれない?」
「もちろんです。私から話をさせていただきますよ。お腹の子についても含めて、ね」

冷え切った笑顔を浮かべるアレスに、男は頷いた。

「邪魔したねえ、アレスくん。ああ、見送りは結構。今度は、事前に約束してから来るよ」
「いつでも歓迎します」

男が機嫌良く手を振って出ていくと、アレスはぐったりとソファーに座り込む。床に転がる我が子に冷酷な目を向けると、呼び鈴に手を伸ばした。噂が広がる前に、この問題を片付けなければ。



「信っじらんねーあの女!! お腹の子はあなたの子じゃないの〜とかぬかしやがって!! そのままとんずらって!! どういう神経してんだ!!」

ハンドルを握り締めて吠えるクリスに、男は窓を開けて煙を吐き出す。

「車内は禁煙だ、おっさん!!」
「孫が出来たら禁煙するー」
「きー!! 俺は傷心なんだよ!! 慰めろ!!」

喚くクリスの頭に、男は手を伸ばして、

「おー、よしよし。かわいそかわいそ」
「張っ倒すぞ!!!!」

振り払われ、肩を竦めた。

「こういう時は、飲んで忘れるのが一番だって、アレスくんも言ってた」
「誰だよ」

クリスの言葉に、男は煙草を咥えて、

「イマジナリーフレンド」
「は? 朦朧したか、おっさん?」
「実在してっから大丈夫」

呆れたように息を吐くクリス。
男は窓の外に煙を吐き出しながら、

「ま、次は当たりが引けるといいな」
「くじ引きじゃねーんだぞ。くっそー、ぜってーアイツよりいい女見つけてやる!」

クリスはぐいっとハンドルを切りながら、「父さんにも、恩返しするから」と小声で呟く。

「なんぞ?」
「なんでもねえよ!」

怒った顔で前方を見つめるクリスに、男は笑みを浮かべて煙草を揉み消した。


終わり
作品名:ある男 作家名:シャオ