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ある男

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窓から差し込む日差しを、硝煙が遮る。
火薬の匂いが立ち込める礼拝堂で、男は手に持っていた拳銃を放り投げると、上着のポケットから煙草入れを取り出した。
慣れた手つきで一本手に取り、口に咥えると、ライターで火をつける。赤く染まる先端をぼんやりと眺めた後、気怠げに煙を吐き出した。
床に倒れる男へ視線を流した後、面倒くさそうに口を開いて、

「あー……逃げるんなら、早くしてくれねえか、坊主?」

祭壇の陰から、そろそろと小さな頭が現れ、また引っ込む。男は頭をかいて、

「なあ、おっさんが頼まれたのはパパの始末であって、お前さんは入ってねえんだ。ガキを撃つ趣味はねえから、さっさと出ていって、警察にでも駆け込みな。悪いおじさんにパパが撃たれました〜ってな」
「……パパじゃない」

小さな声が、震えながら響いた。

「……パパじゃない。そいつが、パパとママを撃った。ジェーンのママと、ジェーンも」
「えぇ……」

ジェーンって誰だよと呟く男の前に、幼い少年が姿を現す。震えながら、頬の涙を手で拭うと、顔を上げた。

「ジェーンは友達。一緒に公園で遊ぼうって。ジェーンのママが、サンドイッチ作ってくれたんだ」
「えぇ……」
「おじさん、ありがとう。パパとママと、ジェーンとジェーンのママを撃った男を、やっつけてくれて」
「えぇ……」

言い終わると、少年はくしゃっと顔を歪めた。目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
男は困ったように息を吐いて、煙草を握り潰した。

「坊主、名前は?」
「クリス。おじさんは?」
「……ジョンだ。ジョン・ドゥ」

きょとんとする少年に、男は手を差し出す。

「よろしくな、クリス」
「うん。よろしく、ジョンおじさん」




陽が落ちてもなお賑やかな町並みを窓越しに眺めながら、男は煙草に火をつけた。

「おっさん!! 車内は禁煙だっつってんだろ!! 何回言わせんだ!!」

ハンドルを握る青年の叱責に、窓を開けて煙を外に吐き出す。

「年寄りは情報が上書き出来ねーんだわ。クリスもそのうち分かる」
「都合よく年寄りになってんじゃねーよ! これだからおっさんは!!」
「おじいちゃんをもっと労わっておくれー」

クリスは、助手席に座る男を横目で見てから、

「……なあ、そろそろ教えてくれよ」
「んー? お前の銃は、ダッシュボードの中」
「ちげーよ馬鹿!! おっさんの名前!!」

男は、ぼんやりとした視線を窓の外に向けた。

「ジョン・ドゥだぞー。最初に名乗っただろ?」
「ふざけんな馬鹿!! 馬鹿!!! ミアに子どもが出来たって言っただろ!?」

クリスの言葉に、男はふっと笑みを笑みを浮かべて、

「ジョンおじいちゃんって呼ばれるのか。感慨深いな」
「呼ばせられるか、馬鹿!! ふざけてんのか!!」
「世の中のジョンさんに謝れ」

クリスは、バックミラー越しに後部座席に置いたアタッシュケースを見る。

「……とにかく、この仕事が終わったら、ちゃんと本名を教えてくれよな」
「終わったら、な」




夜明け前。
引き渡し場所である駐車場に車を停めると、クリスは落ち着かない様子で周りを見まわした。
男はのんびりと車を降りながら、

「完全に不審者だな、お前」
「は? おっさんに言われたくねえよ」

そわそわと携帯電話をいじるクリスを一瞥して、男は一服してくると声をかける。
上の空で返事をするクリスに、男はふっと笑みをこぼした。
空が徐々に白み始める中、他に止まっている車はない。男はポケットから愛用の煙草入れを取り出して、最後の一本を摘む。ライターで火をつけ、煙を吐き出し、

「孫が出来るんだ。禁煙を考えてんだが、どう思うクリス?」
「…………」

背後に立つクリスは、手に持った銃を男に向けていた。震えながら、口を引き結んでいる。
男は深く吸い込むと、口からポッポっと煙の輪を吐き出す。

「おお、久しぶりだけど出来るもんだな。これやると、お前はすーぐ泣き止んだよな。自分もやりたいと言い出した時は焦ったけど」
「…………」
「二十年経っても、お前が泣き虫なのは変わらねーなあ、クリス」

目に涙を溜めたクリスは、絞り出すように「……泣いてない」と言った。
男は笑いながら煙を吹き、

「パパになるんだろー? 簡単に泣くなよ」
「……なんで」
「んー?」
「き、聞かないのかよ……理由……」
「んー。お前は言いづらいだろうから、そっちの奴に聞くわ」

クリスがハッと顔を上げた時には、男の手に握られた拳銃から煙がたなびき、少し離れた植え込みから呻き声が上がる。
混乱した様子で男と植え込みを交互に見るクリスに、男は肩を竦めて、

「尾行に気づかなかったんかーい。おっさんが甘やかしすぎたなー」

子育ては難しいわーと言いながら、男は植え込みに近づき、隠れていた相手を引き摺り出した。脇腹を押さえ、額に汗を浮かべているその顔に、クリスが「あっ!」と声をあげた。

「見覚えあり?」
「あ、ああ……何度か見た」
「顔見知りにつけさせるとか、馬鹿すぎんなー。ほら起きろー。どこのどなたさまですかー? ご用件はー?」

引き摺り出した相手を足でつつく男に、クリスは泣きそうな顔で、

「あの……俺……」
「ミアを人質に取られて、とかだろ? 返して欲しけりゃ……ってやつか。最初から殺すつもりで?」
「ち、違う! 命までは取らないって……その、相手の気が済んだら、三人で逃げようと」

クリスの言葉に、男は首を傾げる。

「クリスとミアとお腹の子で、三人では?」
「ちがっ! 四人!! こまけーなおっさん!!」
「確認は大事だぞー」
「ぎゃあ!」

男に脇腹を踏まれ、相手は叫びながら顔を上げた。自分を見下ろす二人を見て、顔から血の気が引く。

「さーて、楽しい歓談タイムといこうかー。お兄さん、お名前は? どこ住み? 連絡先教えて?」

男の楽しげな声に、悲痛な叫びが重なった。






アレス・トルークが自宅のリビングで朝のコーヒーを楽しんでいると、ノックの音がして使用人が顔を出した。

「あの……お客様、です」
「はあ?」

この辺りを牛耳るトルークファミリーのボスであるアレスを、こんな時間に、約束もせずに、誰が訪ねると言うのか。問い詰めようとした瞬間、顔を出した男にアレスは口をつぐむ。
男は、やけに大きなスーツケースを転がしながらリビングに入ってきた。

「よー。朝早くに悪かったな、ジョンおじさんだぞー」
「いいえ、お気になさらず。コーヒーはいかがです?」

使用人に人払いをきつく言いつけてからアレスが愛想良く聞くと、男は手を振って辞退し、傍らのスーツケースをポンポンと叩く。

「お友達のアレスくんに、ジョンくんからお届けものです」
「あなたに友達と言っていただけるとは、光栄ですね」

ジャーンと言いながら、男がアタッシュケースを開けた。中から転がり出したのは、アレスの息子。縛られ、目隠しと猿轡をされ、ぐったりしているが、息はある。
アレスはそれを確認し、にこやかな顔のまま、男に視線を戻した。背中を冷たい汗が伝う。

「愚息がご迷惑をおかけしたようで」
「うーん、まあ、子どもの揉め事に親が出張るのもねー。どうかと思ったんだけどねー」
作品名:ある男 作家名:シャオ