蛇
折しも、後ろのフェンスの通りに、大学生らしき男女が四人通りかかり、佑月はそのうちの、落ちぶれたホストみた金髪ロングの男と目が合うと、その男が何かに驚いたような素振りで——言わずもがな山崎と佑月がヤっているのを視認してしまったようで、暫時二人は、どうかバレぬようにと、そこで抱き合ったまま彼奴等が通り過ぎるのを待つよりなかった。
「——うん。俺もちんこ痛いし、もう辞めよう。それに…ね? また今度ちゃんとした所で、ね?」
「うん……わかった」
といって、山崎が立ち上がると、佑月は己のマラに爽やかな風が吹きあたり、またねっとりとしたものが——山崎の愛液が巻き付いた感覚とに、何か爽快感のある気持ちよさと解放感を覚えるのであった。
——その帰りの電車に揺られながら放心する佑月は、先の初めての感覚を反芻していた。
(これで俺も大人かあ……)
と、二つの意味でも一皮むけることとなった佑月は、溢れんばかりに湧いて来た彼女への愛おしさと、序でにいい彼氏でもいようとの邪な考えも降り立ってきて、一つ、事後でもあるし連絡を入れておこうと、ポケットより携帯を取り出した。
すると、右手にはべったり、乾燥した血糊のようなものがついており、それはどうやら膣内からの血と愛液が混ざり合ったものだと、右手の人差し指と中指に集中してついておることから推察することが出来た。
で、当初のプランを変更し、本気で山崎の事が心配になった佑月は、≪ねえ! 俺の手に血がついてたんだけど、あいちゃん大丈夫⁉ 痛んでない⁉≫と送る。
しかし、その返信が来たのは佑月が家に着いてからで、メッセージを送ってから優に一時間経っている時分でもあったからに、育った環境からも稟性からも自分本位に出来ている佑月は、何か己は山崎の方では優先順位として高くないのではないかと半ば不貞腐れる格好となっていた。
≪——ごめん! お風呂入ってた! 全然大丈夫だよ! 全然痛くない! 佑月君の方こそ大丈夫だった? 痛かったよね⁉≫
そうである。あの時痛がっていたのは寧ろ佑月の方で、もしやあの血は己のものかも知れなかったが、これには何か情けないような気持がしてき、それが高じてどこか馬鹿にされているのだと思い、その日はもう連絡を送るのを辞めてしまった。
で、翌朝になってメッセージを送るも、またも彼女からの返信はなく、もうそれにも矢張り(別れ話か!)と、またぞろの不安がのさばってくるのであった。
(あぁ、やばい。別れるのかあ。なんか嫌だなあ。えぇ、どうしよう…)
どうしようもこうしようもないのだが、しかしとあれ左様にして別れることに関して厭になっているのが好意を抱いた証左かと云えばそうではなく、これもやはり募る所の性欲がそうさしているに過ぎないのである。
即ち、佑月にとり山崎とはセックスフレンドとしてしか見ておらず——いや、この時分の佑月は女とセックスすることのみに突き動かされていた人間で、それが証拠に初恋の人であり元カノでもある峰岸涼子を家に招き入れ、いつぞいつぞ襲ってしまおうかと考える間に「塾の時間だから」と云われて失敗に終わってはいたのであったが、左様にして、もう、誰でも良かったのである。
で、そんなところに舞い込んできた山崎だったから、これを逃がさぬテはない。あの一宮との連絡も当に絶っており、同じクラスと雖も話すことすらも制限される羽目に陥っているのであったから、尚の事山崎には長年お世話にならねばならないのである。
——とは云い条、何か、そう悲観せずとも良い、どこか冷静になっている佑月もこれまたいた。以前のようにして、何か、女子特有のまたぞろの針小棒大に過ぎぬ話であろうとの期待と希望が頭を擡げたからにある。
(それに、あいちゃんは、一寸こう、メンヘラちっくな面もあるしなあ…)
と、既にして己が彼女の山崎を舐め腐った態度の佑月であったが、しかしその予想が的中したようで、しかし予想とは斜め上の方向の、所謂影の努力の開示が為の勇気の欠如が、山崎の返信スピードを遅くさせたのであった。——即ち、何かギョロギョロした、目に血走ったかのような、少し凝視するのも憚られた茶色のカラーコンタクトをしてきた山崎に声をかけられ、振り向くとゾッとした佑月は、さて次に訊かれるであろう言葉への返答として「可愛い」と云わねばなるまいと腹を括った所、案の定山崎が口にした言葉は
「どう? 似合ってる?」
であり、(ほれみろ、またぞろの俺の心配性じゃないか)と己を頬を引っ叩きなるのであったが、とあれ今はその気持ち悪いものをしてきた山崎に「可愛い」と一言口からひねり出さねばならなかった。——かの返信がなかったのは、どうやら佑月を驚かせてしまいたかったとの事。見事に(悪い意味で)成功である。
「——可愛いよ、よく似合ってる」
案外に、突っかかることなく云えたのに調子を良くした佑月は続けて、
「でも、あいちゃんはそんなのなくたって可愛いよ」
と、ここで止しておけば良かったものの、
「俺は正直それが無い方が好きかな」
と、余計なことまで口走ってしまう佑月。
それに山崎は一瞬眉を顰めたかと思うと、すぐと佑月の胸元に凭れかかる形となったのに、佑月は愛い奴だなと鼻の下を伸ばすのであったが、只単に近くに教師が通り過ぎ、その隠れ蓑になっただけに過ぎぬもの。
で、その後カラオケに行く約を取り付けた佑月は、そのカラオケにて、扉を開けるや否や山崎に襲い掛かると、そこではさくじつ剥けた皮の懸念もせずに済む、全くに気持ちの良いものと収束させた。また、その時初めて口に咥えてもらうと、膣内よりも気持ちが良く、文字通り腰砕けする形となってしまったのが、向後、付き合った三ヶ月という短い期間にて山崎を性に貪婪にさせてしまう要因と成り得たのだろう。
彼はその三ヶ月という期間の殆どを、山崎を犯すに費やしたのであった。それが仮令、生理の日だとしても、その眼で血の流れるのを見ない限りは、そのギリギリまで己のマラを彼女のヴァギナに出し入れする有様。
しかし、別れてからの佑月はまるで憑き物が落ちたかのように性欲がなくなり、その代わりと云ってはなんだが、山崎の方では三ヶ月のペースで男をとっかえひっかえする、学年一の可憐な少女がビッチの名を冠する程にまでなってしまう顛末であった。
その山崎の性への奔放ぶりを見る佑月は、何か己が、蛇が嚥下するが如く性への道へとスルスルと堕としてしまったのだと自責の念に堪えられなくなってゆき、その贖罪として、彼はその後誰とも交際することを禁じたのであった。
しかし、山崎の方ではその勢い留まることを知らず、佑月が卒業するまでに計十五人もの男が学年問わず食まれたとの噂が流れるのであった…———。