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風のように ~掌編集・今月のイラスト~

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「先生はその絵の具を使ってるんですか?」
 僕が足りなくなった絵の具をバラで何本か手にすると、沙耶はその絵の具に興味を持ったようだ。
「え? ああ、気に入ってるんだ、透明感が違う感じがしてね」
「へぇ……思い切って買っちゃおうかな……」
 沙耶も足りなくなった色の絵の具を買いに来ただけらしかったが、僕が使っている絵の具を手にするとしばらく迷った末にセットで購入を決めた。

 駅前まで一緒に歩く、僕も中学、高校くらいの頃は予定より高価な画材を買うと何となくソワソワしたものだが、沙耶も同じらしかった。
「今日はあったかいね」
「天気予報では五月上旬の陽気だって言ってました、カーディガンいらなかったかな……」
 朴念仁の僕はそれまで沙耶の服装にあまり注意を向けていなかったが、言われてみると胸元が透ける素材のワンピース、ちょっとどきりとした。
(喫茶店にでも誘おうかな……)
 そう思ったのだが、今はもう違うとはいえかつては生徒と教師の間柄だった、そのこともあってか何となくはばかられた、だから……。
「アイス、食べる?」
「え? でももうお金持ってないです」
「いいよ、それぐらいおごるよ」
「いいんですか?」
 ばったり会った時と同じ微笑みが浮かんだ。
 
 おいしそうにアイスを食べる沙耶はまだまだ子供。
 しかし、僕は沙耶が中学の頃とは違う雰囲気を醸しているのに気が付いていた。
 あの頃は『少し冷たさを感じるくらいの秋の風』だったのが、今はもう少し柔らかさと温かみを感じる、さらさらした長い黒髪も今は編み込んでいてあの頃のようには風にそよぐことはない。
 しかしそれは決して悪い意味じゃない、出会った時の沙耶は12歳、それから4年経って16歳になっているのだ、成長していて当然だ。
 沙耶に出会い、絵に描き込むようになる以前は画家として全く売れず、心に木枯らしが吹きこんでいたのだが、沙耶のおかげで画家として一本立ちすることができた。
『少し冷たさを感じるくらい爽やかな秋の風』が僕をどんよりとした冬空から救い出してくれたのだ。
 そして今の沙耶は『暖かさを運んで来る春の風』だろうか。
 アイスを食べる沙耶を眺めていると、ちょっと怪訝そうな顔をした。
 沙耶には僕を救ったなどと言う自負はないのだろう、絵に描き込まれた少女も自分のイメージだとは気づいていないかもしれない。
(それでいい……)
 僕はそう思った。
 今の沙耶は女性としても魅力的になりつつある、油彩より水彩の透明感を好む僕だ、透明感のある女性には心惹かれる、飛び切りの透明感を持つ沙耶ならなおさらだ。
 でも……不思議と沙耶と付き合いたい、自分のものにしたいとは思わない。
 そうなれば悪いところ、幻滅する部分だって見えて来る、沙耶にはそんな部分はないと信じたい、沙耶は最高のイメージの中に留めておきたいのだ。

「アイス、ごちそうさまでした」
「どういたしまして、僕も会えてうれしかったよ、あの画材屋にはちょくちょく足を運んでいるからまた会うかもね」
「そうですね、また会えるといいな……」
 そう言って沙耶は去って行き、僕はその後姿をいつまでも見送っていた。
 暖かさを運んで来る春の風を感じながら……。