Dogleg
無線が雑音を鳴らし、重森が言った。
「まあどの道、次は後ろに乗ってもらうことになるんでしょう」
「そうだな」
北河が答えたとき、助手席に置いたM870に姫浦の手が伸びて、後部座席に吸い込まれていった。
「おい、まだだぞ」
北河が言ったとき、姫浦は真後ろからM870の引き金を引いた。北河の頭が真っ二つに割れて吹き飛び、サイドウィンドウが粉々に割れた。ローレルが急停車し、後部座席から突き出た銃口が光った。リアウィンドウが粉々に砕けて姫浦の全身に降りかかり、身を低くしたまま北河の死体を跨いだ姫浦は、運転席のドアを開いて身を乗り出した。完全に外へ出る手前で体を止めたとき、ローレルの後部座席とそこから突き出る銃口が見えた。姫浦は運転席に向けてM870を撃った。フロントガラスに穴が空いてその後ろにいた運転手の悲鳴が上がり、助手席から飛び出した男がトランク側へ素早く移動した。後部座席のドアが開き、出てきた男は散弾銃を構えてインプレッサに数発撃ちこんだ。リアウィングが真っ二つに割れ、北河がさっきまで座っていた運転席のヘッドレストが砕けた。姫浦はインプレッサのボンネット側まで這うと、伏せたまま銃口を出し、相手の男が散弾銃に次の弾を装填している隙を狙って体を出した。その足首に向けてM870の引き金を引き、足元を掬われたところへ追加の一発を撃った。
姫浦は立ち上がり、ローレルまでの距離を一気に詰めた。死んだ運転手の足がブレーキからずれて、ローレルがゆっくりと動き出すのと同時に反対側に走り出た男がVZ61を構え、姫浦が銃口を振って一発を撃ったとき、短い一連射が姫浦の脇腹を抉った。男は右手と左腕に散弾を受けて倒れ、薬指と小指が吹き飛んだ右手を伸ばして地面に転がったVZ61を掴んだが、目の前に立ちはだかった姫浦を見上げ、M870の銃口を見つめて観念したように歯を食いしばった。姫浦は男の頭に銃口を向けたまま引き金を引いたが散弾は残っておらず、男は一度決めた覚悟を放り出してVZ61を振り上げようとした。姫浦は口角を上げて微笑むと首を横に振り、体の中が焼けるように熱を帯びたまま、M870を捨てて男に馬乗りになった。VZ61を抑え込むように反対側から握って男の首元まで力ずくで押し、引き金を引いた。銃が手の中で跳ね返り、32ACPが数発頭の中を通り抜けて、男は死んだ。
銃声で駆け付けたプリメーラがローレルの進路を塞ぐ形で急停車し、姫浦は道の真ん中で仰向けに倒れた男の傍まで歩いていくと、モスバーグM590を拾い上げた。六発分のシェルキャリアに並ぶ散弾を一発ずつ装填していると、大野と重森が駆け寄ってきて、大野が言った。
「撃たれてるぞ、お前」
姫浦は大野の方を向くと、その顔に向けてモスバーグを撃った。重森が銃声の衝撃でつまずいて転び、尻餅をついたまま後ずさった。
「おい! 何をしてるんだお前!」
「なんか、後ろに乗ってもらうって言ってましたよねー。それって殺すって意味でしょ?」
姫浦が言うと、重森はもう記憶に残っていないように首を傾げたが、さっきの無線の会話でその言葉を使ったことを思い出し、首を横に振った。
「ただの言い回しだ。本当にそうするとは……」
姫浦は相槌の代わりに、モスバーグの銃口を向けて引き金を引いた。インプレッサにもたれかかって初めて、脇腹を眺めた。ワイシャツに真っ黒な穴が二つ空いている。あれだけ体に籠っていた熱は雨に吸われて、どこかへ消えてしまった。インプレッサはまだアイドリングを続けているが、外装はひどい有様だった。ただ、散弾銃で穴だらけにされたことで、誰が北河を撃ったのかは、もう分からなくなった。
北河は、自分のことを仲間と信じて疑わなかった。大野と重森も同じだ。殺すためのお膳立ては、いつの間にか揃っていたのだ。
「できた……」
そう呟くと、姫浦は脇腹を庇いながら笑った。血が胃まで上がって来て、いよいよ喉を伝って口からこぼれそうになったところで、宙を仰いだ。田邊のところへ行けなければここで死ぬと、直感がありったけの警告音を鳴らしている。しかし、目を閉じて生ぬるい雨水を口で受けている内に痛みは消え去り、おおよそほとんどのことは、どうでもよくなった。目を閉じて、インプレッサを背もたれ代わりにしながら残りの命を雨に吸い取らせていると、雨水が左腕の開いた傷跡に染みて、姫浦はその痛みに思わず目を開けた。
ここでわたしが死んだら、仕事は失敗ということになる。姫浦は立ち上がると、インプレッサの助手席のドアを開けて、北河の死体を反対側に引きずり出した。回収係を呼ばなければならない。
突然、現実的な考えが頭の中を支配し、姫浦は血まみれになったインプレッサの運転席に座って、座席の位置を合わせた。実現する場面が想像できないが、もしかしたらいつか、神崎に言う日が来るかもしれないのだ。
わたしも、あなたの命を救ったのだと。