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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Loot

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「今、あの界隈を仕切ってんのは、中辻保って奴です。前の代の奴らは、皆追い払ったと言ってました」
「タモツね。その名前も、どこかで聞いたなあ」
 寺司は、音松がヘッドロックをかけていた若者を思い出した。コピーのような服を着ていた、少し年下の男。西崎は一気にティーチャーズを飲み干すと、言った。
「まあ、人間はねえ。変わんないっすわ。おれも結局、元のまんまでした。高望みなんかしないことっす」
 寺司は苦笑いを浮かべた。いつもと違う酒を飲んで、西崎は随分と酔いが回っている。いつもはビールだけしか飲まないが、今日はほぼウィスキーだ。
「そう簡単には、ね」
 寺司が話を合わせると、西崎は深くうなずいた。財布をポケットから取り出して五千円札をテーブルの上に置きながら、言った。
「じゃあ、行きます」
 寺司はカウンターから出て、席の前まで来て言った。
「ちょっと、お釣り」
「いや、大丈夫っす。色々話せたんで」
 西崎は立ち上がり、用事を思い出したように少し俯き加減のまま、扉に手をかけた。寺司はその帰り方を観察した。今度こそ西崎は、二度と店に来ないだろう。そう思ったとき、頭の中を読んだように西崎が振り返った。
「人間は変わらない。あんたも同じっすよ」
 言葉の矛先が突然自分に向いた寺司は、声に殴られたように一歩後ずさった。西崎は、寺司が今までに見たことのない暗い光を放つ目で、言った。
「わーったな?」
 西崎が出て行って扉が後ろ手に閉められた後も、寺司はしばらくその場に立ち尽くした。最後の捨て台詞は、一体なんだ? いきなり癇に障ったのだろうか。酔っ払いにはよくあることだが、大抵は時限爆弾のように導火線があって、それが短くなっていく様子は見ていれば分かる。しかし、今のは全く予測がつかなかった。寺司は思わず呟いた。
「何がだよ」
 一体何が、分かったな? なのか。答えは出ないが、とりあえずこれで縁切れだ。何かが頭に来たのだ。それ以上でも、以下でもない。寺司はカウンターの後ろへ戻って洗い物を片付け、いつも通りのサイクルをこなした。そして、最後にテーブルを拭き上げるとき、西崎が餞別のように残した五千円札を掬い上げた。その下にも物があり、直感的に『忘れ物』だと頭が理解したが、見覚えがあった。
 ピンク色の輪ゴム。それが数本、散らばっている。
 たこ焼き屋だ。記憶と結びつけた寺司は、音松が絡んでいた屋台の店員を思い出した。顔は覚えていないが、音松が確か一度『シンちゃん』と言っていたのを覚えている。それ以外は、買ってくるたこ焼きの容器にピンク色の輪ゴムが巻かれていたことしか覚えていない。音松は、空き巣に携帯電話も盗られたと言っていた。そこには、寺司達也という名前も登録されていたはずだ。
 寺司は大急ぎで帰る準備をすると、自転車に飛び乗った。嫌な予感が頭だけじゃなく、全身に伝わっている。当時のニュースでは、レガシィに乗っていた二人が加害者とされて、被害者の名前が先に出ていた。県内の高校に通う三年生、中田理恵。
 おれは、あいつに何をしたんだ? 全く身に覚えがない。
 家に続く片側一車線の道路へ入るとき、緊急走行をしているパトカーと衝突しそうになって、寺司は急ブレーキをかけた。パトカーが家の方向へ走っていくのを見て、それを追い越そうと自転車を力任せに漕ぎ、家の前で自転車から飛び降りた。パトカーは全く違う件で緊急走行していたらしく、国道の方向へ走り去っていった。寺司は肩で息をしていたが、心配事がひとつ消えて、ずっと答えを探していた頭が突然冴え渡るのを感じた。西崎は滑舌が悪く、自分のことを『西崎アータ』と言っていた。もしかするとあれは、西崎アラタと言いたかったのだろうか。もし新太と書くなら、あだ名がシンちゃんでもおかしくはない。だとしたら、最後に西崎が言い残したのは、分かったな? じゃない。
 笑ったな? だ。
 三年間、あいつはおれを見ていたのだ。過去に縛り付けられたようなしかめ面で、カウンターの後ろに立つ姿を。それが今日、初めて崩れた。寺司は、玄関のドアを開けた。いつも通り二階への階段を上がって、窓の鍵が全て掛かっていることを確認したときに、ふと思った。どうして直人はいつも、鍵を閉め忘れるのだろう。
 いや、本当に忘れているのだろうか。
 一階に下りたとき、キッチンに立つ美幸と目が合った。言葉を交わさなくても、分かる。美幸はすでに気づいている。もうこの家は、三人だけのものではなくて。
 たった今、何かに追いつかれたのだと。
作品名:Loot 作家名:オオサカタロウ