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黒の海、呼ぶ声に 1

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廊下に出ると、締め切った部屋からの温度差で汗が引く。それを含めて私は人心地ついた。
私は玄関に向かって歩き出したが、守人が付いて来ていないのに気が付いた。不意に、後ろから声が掛かる。
「……兄さん僕が嫌いなんですね」
私はぎくりと心臓が跳ねた。
振り向かずに前を向いたまま、足を止めた。
「いきなり何だ」
「だって宏哉兄さんに言われなければ、手紙を受け取ってても来なかったでしょう」
「そんなことは……本当に心配してるから、こうやって会いに来たんじゃないか」
「じゃあ、何故僕を避けるんです」
私は答えられなかった。
村に宿を取ったのは、あまり二人きりになる時間を取りたくなかったからだ。
幼い頃からこの異母弟が私を慕ってくれているのは分かっていた。
私の母は妾の子を虐げるような人ではなかったが、守人は常に遠慮していた。父は家庭に気を配るような人ではなかったし、守人を連れて来てからほとんど放っておいた。
家の中で守人が一番心を開いていたのは、私だったのは確かだ。そしてそれはーー。
「あなたは狡い」
「……」
互いの間に沈黙が流れる。
「すみません……」
やがて守人が小さな声で言った。
私達はそれきり言葉を交わすことなく距離をとったまま歩き出した。
「あの、帰る前にはまた来てくれますよね?」
玄関の前で背の高い守人が不安で縋りつく子供のようだった。私はいくらかほっとして、
「もちろんだよ」
と答えた。守人の顔に安堵の表情が広がる。私は複雑な気持ちで別れを告げると、屋敷を出た。外はまだ明るかった。
林を抜けると、遠くの水平線の端が、空に開いた口のように赤かった。
作品名:黒の海、呼ぶ声に 1 作家名:あお