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赤い包み紙 ~掌編集・今月のイラスト~

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「はい、これ……」
「あ、ありがとう」
 その日のデート、レストランでの夕食が終わるタイミングで彼女は赤い紙にくるまれ、ピンクのリボンをかけられた小箱をそっと差し出してきた。
 二月のこの時期に女性から男に差し出されるものと言えば相場は決まってる。
 レストランだから包みを開けるわけにもいかず、僕はその包みを押し抱いて受け取ったんだ。

 彼女と出会ったのは去年の春ごろだったから初めてのバレンタインだ。
 必ずもらえるだろうとは思っていたよ、だからデートの終わりごろまで渡されなくても別に不安はなかったんだ。
 僕たちの交際は順調で、僕は一月後のホワイトデーにはプロポーズすることも考えていたくらいだから。
 彼女は茶色のワンピース姿、よく似合っている。
 そりゃそうだ、何しろ僕が見立てたんだからね、そしてそれが僕たちの出会いだったんだ。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 僕はとあるブティックの店長を務めている、と言ってもオーナーじゃなくて雇われ店長だけどね。
 オーナーはウチの店のほかにも何軒もブティックを持っていて、スタッフの大多数は女性なんだけど店長には男を据える。
 と言うのはどれもかなり高級な店で、若い女性が来店する場合は親が一緒の場合が多い、着るのは娘さんでも財布はお父さん、と言うケースも多いからね。
 だけど彼女は一人でふらりとやって来た。
 しかも来店した時の服装はかなりラフ、ジーンズにTシャツ、パーカーって姿だった。
 そんな恰好で来るお客さんはめったにいない、応対した女性スタッフも(どうせひやかしだろう)とでも思ったんだろうか、あまり熱がこもらない接客ぶりだった。
 だけどそういう態度って許されるもんじゃない、お客様に店を選ぶ権利はあるけど店側は特に迷惑行為などなければお客様を選ぶ権利なんかないんだから。
(こや拙いな)と思った僕はスタッフを下がらせて自分で接客することにした。
「こういう、いかにもお嬢様って洋服、あこがれだったんです」
 彼女がそう言った時、正直、あまり高いものは買ってくれないだろうなと思ったんだが、結局僕が見立てたワンピースをお買い上げ、普通の若い女性には決して安くない買い物だっただろうと思うんだけど。
 その時話しててわかったんだけど、彼女は新進のイラストレーターで『それなりに売れてきた』ので最近郷里から上京して来たばかり、決して安くはない服をためらわずに買ってくれたので『それなりに』って言うのは謙遜じゃないかな、と思ってた。
 カード払いの署名で彼女の名前はわかったから、PCでちょっと検索してみたらすぐに出てきた、本名で描いていたんだ。
 彼女のイラストは何とも温かみがあるものだった。
 子供や女子高生が田舎町のちょっと古ぼけた店の前でたむろして笑いあってる様子、青々とした田んぼが続く先にこんもりと木が茂った里山、そのふもとに立つちょっと色あせた感じの鳥居、満開のれんげの中で楽しそうに首飾りを編む小学生……。
 僕も五歳くらいまではそんな田舎で育ったから、少しノスタルジックな気分になってイラストに見とれたよ。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 彼女の再来店は二週間後くらいだった。
「いらっしゃいませ……イラスト拝見しましたよ?」
「え?……どうして名前を?……」
「カードの署名からです」
「あ、そっか……本名ですものね」
 そう言った彼女の満面の笑み……僕はいっぺんにハートを鷲掴みにされたよ。
「今日はどのような?」
「えっと……今週末、出版社のパーティーに出ることになったんです、ラノベの挿絵を描いてるもので……でもパーティなんて初めてだし、どんなのがいいのかわからなくて……この間のワンピースすごく気に入ってるんです、またお見立てしていただけます?」
「もちろんです、出版社のパーティですか……でしたら……」
 まあ、かっちりとしたスーツなら間違いはないんだろうけど、それじゃ彼女の個性が活きない、ラノベ関連のパーティならあまり堅苦しくても良くないだろうし、とは言っても出版社のお偉方なんかも出席してるだろうし……二人で散々迷い、何着も試着して、結局ピンクのワンピースに落ち着いた赤のジャケットを合わせる組み合わせで決めた……そう、さっき渡された包みとリボンはその組み合わせだったわけ。
 決まるまでに三時間くらいかかってたから、僕は彼女を同じビルにある喫茶店に案内した。
 そこはお得意様に買い物していただいた時にご案内して一休みしていただく店だから、不自然じゃないはずなんだけど、『ちょっと喫茶店に行ってくる』と言った時、一番の古株で信頼しているスタッフは意味ありげに笑って言ったよ『どうぞ、ごゆ~っくり』

「素敵な喫茶店ですね」
「ええ、お得意様に休憩していただくのにご案内してます」
「お得意様? とてもそんな……」
「いえいえ、二度目でしたし、これからもご愛顧いただきたいと思いまして」
 まあ、そんな営業トークから入ったんだけど、僕はそんなレベルで話を終わらせるつもりはなかったよ、だって彼女が気になってしょうがない、ってなってたからね。
「イラストは趣味で描いてたんですけど、PI〇IVに投稿してたら出版社の方から連絡いただいたんです、ラノベの挿絵を描いてみませんかって、で、その本がずいぶん売れたらしくて『次もお願いします』って言われて……それが続くようになったので、打ち合わせとかしやすいようにって、思い切って上京したんです」
 なるほど、それなら年齢の割にはお金を持ってるらしいのは印税が入るからだろうし、初めて来店してくれた時ラフな格好だったのも納得だ。
「そのラノベなら僕も知ってますよ、読んではいないんですけど、電車に吊り広告が出てましたでしょう?」
「ええ、私も初めてあれを見た時はなんか不思議な感じでした、自分の絵が大勢の人の目に触れてるのは嬉しいんですけど、なんか恥ずかしいみたいな気もして……」
 趣味でやっていたはずのことが思いがけずに成功して、嬉しいと思う反面戸惑いも……彼女の振る舞いにそれは出てる、結構な額のお金が入ってくるのも彼女にとっては不思議な感じなんだろうな、と思う。
「ラブコメ向けの絵も可愛いですけど、僕は田舎の絵が好きです、何か懐かしい気がして」
「上京するまで住んでた町の風景なんですよ、○〇県の△△って小さな町なんですけど」
「え?……」
 その町の名前には聞き覚えが……って言うか、小さい頃住んでた町の名前だった、道理で彼女のイラストにノスタルジーを感じたわけだね、はっきり覚えてはいなかったけど見覚えがあるはずの風景だったんだ。
「実は僕も小学校に上がるまではその町にいたんですよ」
「え~っ!? ホントに?」
「いやぁ、奇遇ですねぇ」
 そんなところから更に会話は弾んで、その場で連絡先を交換して交際が始まったんだ。