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山の妄想詩

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箕作山(みつくりやま)

晩秋に晴れわたる空
陽光は山肌を錦に照らす
風は斜面を駆け上がり
鳶たちが舞い、そして鳴き交わす
のどかな里山で
ご神体は上機嫌だ

見下ろす農地は彩りよい
黒土が効いたパッチワーク
東から西に電車がゆっくりと裁断していった

神界から仏の地へと続く尾根は
スプーンカットの半弧を描き
農事を見守る屏風となす

弧を渡りその西端を下る
頭頂に「界」を刻む大岩の足元に
十三仏による冥界審議の場
境を越え私は仏界に下りてゆく

木漏れ日の演出の中
古く長い石段が続く
苔むした石仏が並ぶ異界を抜けると
竹林が風に洗われ
「コン、コ~ン」と音の空洞が降ってきた
人間界はもうすぐだ

ただ
今ひととき
この淡いに身を置こう
我が体と心に
現界に戻る準備が整うまで




三上山

広い平野に残る小山
孤立丘とも呼ばれる
視認は近江の各地にとどまらず
古都や摂津の山からも容易い
この地の旅人には
旅の帰途に安堵を与える釣鐘となる

一年の計をこの山から始める人は多い
かつては私自身もそうであった

冷気が顔を刺す薄闇に
昨夕より降り積もった雪を踏みしめながら登る
元朝の初陽へのはやる気持ちを抑え
少しづつ急を増す山道を急ぐ

平野の頂点で初陽を浴び
かりそめの満足をもとに365分の1の初日を始める
こんな山登りを幾度かやった

未だに説明しきれぬもどかしさが残るこの行為
信仰を持たぬ我れの中に
意識に上がらぬ原始の信仰心とでもいうようなものが潜むのか

宇宙と地の理(ことわり)から辿る世界の認識に
つとめて冷めようと心がけてはいるのだが



天山

山頂に続く尾根の見晴らし岩
そこからは琵琶湖の南端から北端までが見渡せる
南は瀬田あたりから北は奥琵琶湖あたりまで
ほぼ全域が視界に入ると言って良い

岩の上でくるりと体を回転させてみる
近円に孤立丘の連なり
遠円に琵琶湖をとり巻く山々 比良、野坂、鈴鹿

見渡す空間の広がりの中
これまで歩いて来た山々が作る二重の円の中心に立ち
私は「今、此処」の「世界」の中心にいることを実感する

私の感覚はこの中点から円状に拡がり、溶けてゆく
身体感覚の満足が心を鎮める
そして満ちたからだとこころを後に岩を降りると
私はもう世界の中心にはいなかった



赤坂山

ころん ころん
ころん ころん

耳には届かぬ音が目で感じられる
笠を開く前の松ぼっくりが
小さな流れの小さな滝壺で
その身を横にしたまま回り続けていた

真砂のざれた登山道は
踏まれ、削られ
雪解けの水が流れる

滝壺は松ぼっくりの水車
ころん ころん
音もないのに聞こえてくる

残雪の頂上からの帰り道
小さな滝壺のそれはまだ回っていた



大御影山 

もうかれこれ30分 

霧の中を歩いている

ブナ林に入った

幻想的で趣きがある

晴れて木漏れ日差す林も良いが霧がたちこめる林も良い

そう思ったもののなんとなく不安でもある

この先この濃い霧界を進んで良いものか

戻れるのだろうか

何かが出て来やしないか

この先が、今日でなかったら…

長い尾根道はずっと霧
山頂も深い霧の中だった

下山後の安堵が緊張の根を断ち
身体に緩みが走る

戻ることができた

何も出て来はしなかった

もちろん今日は今日のままだった

少しして、苦笑いしてる自分に気づいたのだった



綿向山

雨乞岳への尾根は伊勢湾に抜ける風の通り道
木々の幹には雪がデザインのように貼りついている
枝枝に貼り付いた霧氷は晴天の空に繊細に輝き
遠望する林は開花した白桜の群落となる

青空のもと雪庇の曲線は喜び
青はより濃く白はより輝く世界を造っていた
低木の枝葉は珊瑚と化し
木々に貼り付く海老の尾は長く鋭い
雪面の風紋は幾重に並ぶ海獣の鰭
山の尾根に見る海の世界は美しくも厳しい

紫の輪が二重にかかる太陽を仰ぎ見、尾根を去った
樹下に入ると頭上に氷片が落ちてきた
陽に緩んだ大気は枝枝から立髪を剥がし
ブナの林に光の雨を降らし始めた
私は雨具を被り帰路を急いだ



鏡山

草木が薄白い朝
霜柱を踏む足裏が心地よい
沢沿いの池は凪ぎ
薄氷が張る池面を瑠璃色の光が切り裂いた
光は枯れた池畔の葦間に消えていった
宝石のようなカワセミの滑空は
落葉の林と枯れ葦の色の中
異次元から現れた光線だった

新羅からの渡来人が持つ鏡に由来を持つ山
かつては山中に寺院が建ち
麓には源義経元服の地
食せる土の産地でもあったらしい
歴史と奇異な土壌に想いを馳せ
山頂の涼み石から遠く琵琶湖を眺めた

尾根を渡り谷を遡る
裏山とも言える身近な山なれど出会いは豊かだ
杣道のリンドウ、ササユリ、湿地は黄花菖蒲
小さな峠を越えると、一枚岩を削る沢の連滝と甌穴
計算されたかのような岩の庭園が現れる

氷の溶けた池には鴨が数羽
水鳥がたてる波紋が鏡映しの虚像を揺らす
やがて池面の波紋は虚と実のあわいに消えていった




雲海の山

夜明け前の無風に揺蕩い静かに下界を覆う
青く薄暗い視界に雲の海は谷を埋めていた

朝日がその高みを増すと蠢き始める白雲の群れ
斜面を舐め上がるそれはやがて斜面の岩塔を飲み込み
沸々と尾根に湧き上がる

私は足元を脅かす雲を眺めながら行く先の細尾根を眺めた
雲の先陣は西風に煽られ尾根上空に巻き上がると
恨めしそうに霧散し消えていった
尾根は無事その先を視界に残していた

雲の容態が刻々と変化する早朝の縦走
期待に怖れの混じった感情を抱きながら尾根を渡った

途中のピークに立った午前の終わり
いつの間にかあたりの雲海は消え
谷底には川べりに点在する街と田畑が見おろせた




城山

山頂は小春日和の陽光に包まれ我が背をあたためる
切り開きの先には伊吹山と霊仙山が夫婦のように並び
見事なまでに輝く白さで薄霞の上に浮いていた

前景にある杉のてっぺんにメジロが2羽
交互にほんのわずかに飛びたっては戻る
意味や目的はわからぬ舞は楽しそう
私もメジロも突然の春が嬉しかった

尾根筋にある曲輪跡を下る
城跡につながる石段は整然と残り
石垣跡の崩れ石は深く苔むす
木々に囲まれた歴史の舞台
幾百年の時は過ぎ去ったのだ

陽光の中に戻った私は冠雪の比良を遠望し
池に続く長い尾根道を下った
さざなみに揺れ光る池面の輝き
ここの冬も去ったかのようだった
私は眩しさに目を細めながら池畔を帰路に着いた





甲山(かぶとやま)

切り開かれた山頂の切り株に腰掛け
青い細帯の琵琶湖と比叡山を眺めている
暖かな陽は地面を照らし足元から我が身を温め
私は眠気と戦いながら上着を一枚脱いだ

冬は去ってはいない
ただ、見渡す世界は霞で覆われ
つかぬ間の陽気は里山の季節と時を惑わす
私はいつの間にかまどろみ空想の中にいた

かつて秋晴れのこの山に旗振りに登った人たちがいた
実りの収穫を終え期待に膨らんだ胸を膨らませ勇んで登ったに違いない
山頂からの尾根の先端で力一杯旗を振る男
堂島からの米相場を間違えぬよう気を張った後ろ姿
振り向いた男たちの力強い笑顔を見た時まどろみは解けた

霞の遠く比良の稜線は冠雪で白い
作品名:山の妄想詩 作家名:ひろし63