小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Reaper

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
― 現在 ―

 今日の予約分は、次で最後。
 古民家を改装したクリニックを飾る『内藤整体』という屋号は、この手の仕事ならノスタルジックな印象を出すために古めかしくした方がいいという、先輩のアドバイス。二十五歳で商売を始めたわたしの履歴書は、シンプルそのもの。
 内藤由美、二十七歳。職歴は、新卒で入ったオフィス機器メーカーの法人営業が二年だけ。営業は天職だったけど、経理への異動が嫌で辞めた。絶対に人の繋がりを切らない性格なのが幸いしてか、同期の何人かは『内藤整体』の常連客になってくれている。インテリアを見回した加山さんは確か、こう言っていた。
『商品の性能丸暗記してるだけじゃなくて、色んなもの持ってるのね。どこにそのモチベーションが隠れてるの?』
 わたしは営業時代、『人間オンラインカタログ』と呼ばれていた。人の細かな仕草や言い回し、覚えるだけで自分のものになるカタログの情報、全てを頭に叩きこんで、逆にそれ以外を追い出していた。雪だるま式に人と仲良くなって、期待を上回るお裾分けを少しずつ貰っている内に、新たな人を紹介されて、わらしべ長者のように自分の店を持てることになった。会社員を辞めて、人を相手にする商売に落ち着いたのは、美容室を経営していた両親と同じ。ただ、散髪を終えたお客さんが感じる爽快感の素直さと、わたしが『施術』を終えて相手に押し付けるそれとでは、天と地ほどの差がある。レジ横に置いてあるお守り人形の『のびのび坊主』が、来たときよりも体のあちこちが伸びていることを保証する。でも、それだけでは足りない。はっきりと作業の成果が見える髪と違って、何となく体が軽くなったような気がするだけで財布の中身が飛んでいく以上、この業界はトラブルが絶えない。特に悪質なケースで同業者がニュースに載ったりすると、頼むからわたしの邪魔をしないでくれと思う。専門分野の凝りをほぐすだけではなく、いわゆるセラピー的なセッションもやっているから、そっちで目をつけられたらたまったものではない。どこにも書いていない、いわゆる『裏メニュー』というやつで、同期たちはもちろん知らない。
 霊感商法と言われれば、それまでだ。
 でも、わたしの真面目くさった顔には、思慮深さというか、何かを生み出しそうなオーラがあるらしい。実際には、何も考えていないのだけど。そのことを最初に言葉に出したのは、古い友人の仲町法子。初めて会ったのは、小学校五年生のときだった。おっとりしていて天然気味、自信満々で手を挙げてから堂々と『分かりません』と言ったときはクラス中が爆笑した。そんな法子の口癖は、『由美ちゃん、助けて―』。深刻な台詞にそぐわない呑気な口調が面白くて、今でも思い出すと笑えてくる。とりあえず、めちゃくちゃだった十代は終わったのだ。
 わたしも法子も、こうやって生きている。
    
     
― 十五年前 ―
 
「ほんとうに、踏んだらダメらしいよ」
 六年生になっても、法子のおっとりした口調は変わらない。去年まで手芸部で一緒だった片桐さんは突然背が伸びだして狂暴化、最近の山岸くんは、サラダ油を塗ってから登校しているみたいに顔中が光っている。先生はまとめて『成長期』と言うけれど、こんなに格好悪いものなのだろうか。わたしは、法子の心配そうな横顔を見返して、口角を上げた。
「でも、わたしは元気じゃん」
「うん、まあね。でも……」
 法子が肩をすくめた。仲町家は、結構厳しい家なのかもしれない。手を決まった回数鳴らして、お願いごとのときには住所を頭の中で念じたりとか、ガチのお祈りをするタイプなのかも。もちろん、うちも客商売をやっている以上、特にお父さんは迷信に絶大な信頼を置いている。レジ横には、わたしが作った人形が飾られていて、どこからどう見ても『てるてる坊主』だけど、本当の名前は『のびのび坊主』。客の髪が早く伸びますようにという思いを込めて、そんな名前にした。お母さんは『由美の願いごとなら通じるよ』と言ったけど、実際には現実主義で、道でお客さんに会うと『あらー、伸びましたね』としか言わない。
 初詣とか願掛けにこだわるのは、いつだってお父さんの方だ。あの神社の雰囲気に、いつもどこか緊張している。今年は、わたしの恋みくじは中吉だった。『待ち人来る』とか書いてあって、笑ってしまったけど。当たり前だ。山岸くんは毎日、学校に来てるんだから。お父さんの迷信好きと、お母さんの現実主義、多分わたしには、両方が混ざっている。
「いきなり倒れたりしたら、踏んできたツケが来たって思ってよ」
 わたしが言うと、法子は呆れたみたいに笑った。そういうときは、本当にどうしようもないなって言っているみたいに、眉毛がハの字に曲がる。わたしだって、ずっとやっていたわけじゃない。四年生に上がったあたりから、敷居を踏んではいけないという神社のしきたりが本当なのか、急に試したくなったのだ。そんな変化を先生が『成長期』に含めてくれるかは、分からない。ただ、ひょいと飛び越えた後に、こっそりスニーカーの爪先で敷居に触れるということを三年ほど続けている。
「本当に、気をつけてね」
 法子が言って、わたしは『パーラー内藤』の扉を開いた。学校帰りに法子がお店に寄るのは、恒例になっている。今日は法子のお母さんが客としてやってくることになっていて、新しいお客さんを獲得できると、お父さんが喜んでいた。
『由美、将来は営業職で成功するんじゃないか』
 褒められたときのことを思い出しながら『のびのび坊主』が見下ろすレジを通り過ぎると、後ろをついてきた法子が『あっ』と声を上げた。
「ママ、もう来てたんだ」
 わたしは、お母さんと談笑する女の人を見つめた。仲町法子のママ。一度、授業参観で見たことがあって、そのときもすごく独特なオーラがあった。薄緑色のジャケットが綺麗で、商店街の隅っこにあるうちの店で髪を切ったら、グレードダウンするんじゃないかとも思えてくる。
「法子」
 法子のママは振り返りながらにっこりと笑い、手をひらひらと振った。法子が笑顔で応じて、わたしはお母さんの顔を見た。『のびのび坊主』を挟んで目が合い、お母さんは斜め上に視線を向けた。考えていることは、何となくわかった。法子のママは、両手首に数珠を巻いていた。だから、ひらひらと手を振ったというよりは、じゃらじゃら鳴らしたみたいな感じだった。慌てて真顔に戻って法子の方を見たけど、ママの方を向いていて安心した。人のお母さんを笑うみたいな感じになったら、失礼だ。お母さんの方を向くと、もうパーマの準備を始めていて、ちょっと目を逸らせただけで、そこには入っていけない大人の世界ができていた。わたしはお菓子とジュース二本を掴んでから部屋に上がって、向かいに座った法子に言った。
「法子のママ、すごい綺麗だね」
「ほんとー? なんか服とかすごくこだわるんだよね」
「あのジャケット、似合ってる」
 ジュースを差し出しながら、わたしは言った。本音だったし、本当に褒めたつもりだったけど、法子はそこまで素直には笑わなかった。
「うーん、まあね……。言ったら喜ぶと思う」
「法子は、あの薄緑色好きじゃないんだ?」
作品名:Reaper 作家名:オオサカタロウ