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人生×リキュール ディサローノ・アマレット

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 息子がいるいつもと変わらぬ風景だ。
「あんた・・・今までどこをほっつき歩いてたのよ」半分脱力した彼女の言葉に息子が意味深に笑う。
「心配してた? 母さんはいっつも心配性だからなー」はははと笑う髭だらけの息子。
 自分は心配性だったのかと言われて初めて知る。
 自分は実の親でもなんでもない無責任な立場だからと、だいぶ放任を貫いてきたはずだったのに。息子からしてみたら、そこらへんの心配性の母親とあまり変わらなかったということなのか。
「とりあえず、コーヒー飲もうよー」と、息子が煎れたてのコーヒーが入ったカップを並べる。甘い匂いがする。一口飲むと苦味が勝ったあたし好みのコーヒーなのにアマレットの甘い香りが駆け抜ける。
「合うでしょ? これなら、母さん飲めるねぇー」そう言って笑う息子。
 オーブンがチーンと悲痛な音をあげた。
 息子が運んできたのはアマレッティという名のビスコッティ。堅焼きクッキーだ。言われた通りに、コーヒーに浸して食べてみると甘さ控え目なのに甘い香りが広がり、たちまち彼女の空腹の胃を満たしていく。
「よかった。アマレットはとてもいいリキュールだから。オレ、大好きになっちゃって。そうしたら、母さんに、どうしてもアマレットを美味しく味わってもらいたくなっちゃって。オレ、ずっとどうすればいいかって考えてたんだー」そんなことを考えているうちにだいぶ遠くまで旅してしまったのだと息子は言っていた。
 遠くって、どこまで行ったんだか・・・
「あんた、バイト先を無断で休んでたんだって? ちゃんと謝んなよ」
「母さん、なんで無断欠勤のこと知ってんの? もしかして、オレを心配して店まで探しに行ってくれてた?」
「行くか!電話がかかってきたんだ!」なぜか照れくさくなって嘘をついた。
「はいはい。アマレットでティラミスでも作って持っていくよ。母さん、コーヒーのお代わりいる?」
 彼女の顔をニヤニヤしながら見て聞いてくる息子に、気持ち悪いねなんなんだいと睨み返す。
 息子は、言おうかどうしようかと少し勿体ぶっていたが、いやさーと口を切った。
「母さん、オレが母さんって呼んでも否定しなくなったんだなーって」主語をつけないの言いづらかったんだよねーと空のカップを手にして立ち上がる。
 言われて気付いた。そういえばそうだ。
 あたしは、自分の呼び方で母とつくものを呼ばせなかった。
 あたしは、総じて息子の母ではないからだ。
 育ての母といえば聞こえはいいが、なんせ拾った子どもだ。どちらかと言えば里親感覚。彼女自身も母になるつもりは毛頭なかった。小さな同居人。自分はただの保護者。保護して面倒を見る者。母なんてものではない。
 でも、それは言い訳だったのかもしれない。
 息子を拾って連れ帰った時点で、息子を息子だと認識している時点で自分は紛い成りにも母だった?
 わからないが、とにかくこの数日の間に、彼女の息子への意識は確実に変化したものになった。
 目の前で勝手に繰り広げられていた現象を初めて愛おしいと思い、呆れながらも心地好く感じている。息子が慌ただしい十代や二十代だった頃には感じられなかったことだ。今だからなのか。アマレットの香りが漂った。
「はい、母さん」差し出されたコーヒーには、目尻の下がった女の顔が映っていた。


 ※ディッサローノ・アマレット
 主原料となるシチリア島産のアンズの核を蒸留することにより抽出される芳香成分が、アーモンドを思わせる幻想的な甘い香りを持つイタリア産リキュール。ミラノ地方の銘菓、マジパンとアーモンドのブランデー漬けで作る「アマレッティ」というケーキの香りに似ていたので「アマレット・ディ・サローノ」=「サローノ町のアマレット」という酒名がつけられた。このリキュールの起源については一つの伝説がある。1525年イタリアのマリア・デッレ・グラツィエ聖堂において、画家であるベルナルディーノ・ルイーニがキリスト生誕のフレスコ画を描いていた。彼は、若く美しい女主人が経営する宿屋に宿泊。その女主人の美しさに惹かれた彼は、フレスコ画の聖母マリアの顔を彼女に似せた上に彼女の肖像画を描いて贈った。感激した女主人は、お返しにと言って手作りの甘い香りのリキュールを進呈。このリキュールが、のちのアマレットの始まりらしい。
 ケーキを思わせる甘い香りを持つだけあり「ダックワーズ」や「ブラン・マンジェ」を始めとしたデザートやお菓子には欠かせない存在である。ソーダやミルク、ジンジャーエールで割る飲み方が女性に人気だが、シンプルにロックでリキュール本来の味を楽しむのもオススメだ。カクテルとしては、ウイスキーと混ぜた「ゴッドファーザー」やウォッカと合わせる「ゴットマザー」ブランデーを加えた「フレンチ・コネクション」といった度数が強いものから、ウーロン茶と合わせた「イタリアン・アイスティー」まで様々な飲み方が楽しめる万能リキュールだ。杏仁豆腐の味と表されることも。