空墓所から
1.コンビニ
コンビニで死のう、常々そう考えていた。
別にコンビニに迷惑をかけたいわけじゃない、店に感謝はしている。だが、そういう気持ちからの思いつき、というわけでもない。いつも伏し目がちな表情で立ち寄るあの場所。そこで、自分の生命を消し去りたい、ただそれだけを願った結果だった。
住まいから徒歩5分くらいの場所にある、有名チェーンのコンビニ。いつも立ち読みをして、特定の食べ物だけを買っていくから、恐らく店員の間であだ名を付けられているであろう場所。呪術廻戦立ち読み野郎とか、ヤンマガのグラビア必ずねっとり見るおくんとか、じゃがりこのサラダを必ず買ってくおじさんとか呼ばれているんだろう。まあ、それはどうでもいい。バイトどもが裏でなんと言おうがもうどうでもいいんだ。今日はそれらを読んだり買ったりするために来たんじゃない、むくろをさらしに来たんだから。
2丁の拳銃を、両の手で両のこめかみにピッタリと突きつけて、見慣れた店内に入っていく。こんなすかさず事案になりそうな男でも、自動ドアというやつは何の疑問も持たずに左右に退いてくれるのはありがたい。
「らっしゃっせー」
見慣れたバイトどもはこちらを見向きもしない。そりゃあ当然だ。死のうと考えてコンビニに入ってくるやつなど、常識的に考えていやしないんだから。今、入ってきたやつが拳銃を握っているかどうかなんて、いちいち確認するやつはバイトになんかいやしないんだ。これが多少責任のある店長とかなら、もしかしたらチラ見ぐらいはするかもしれないが。
コンビニへの侵入 (?)に無事成功した俺は、この両手の引き金を引いて、自分の人生を終わらせることのできる最適な場所を探し求める。コンビニも決して狭い場所ではない。俺が死すべき場所はどこが一番いいのだろうか、ゆっくりと店内を歩き回って最期の地を吟味する。
「!?」
突如、トイレから出てきた母娘連れと相対する。母と手をつないでいる女児は凍りつき、傍らの母も瞬時に身を固くした。
大丈夫、他人を傷つけるつもりはないよ。俺は左右のこめかみに銃口をくっ付けたまま、できるだけ優しく笑ってあげようと固い笑顔を作る。どうにか意図を察してくれたのだろう、女の子もニッコリと笑うが、やはり、どこかその笑顔は凍り付いている。二人とすれ違ったその直後、彼女らは足早に店を後にした。
このコンビニで入ったことがない場所の一つである女子トイレ、そこで死ぬのも悪くない、実はそうも考えていた。だが、あの母娘も自分たちの後に死なれたら寝覚めが悪いだろう。それに、あそこで死んだら単なる変質者で片付けられてしまう可能性が高い。仕方がない、あそこはあきらめて、別の場所を探そう。こう見えても俺は人情家であり、プライドが高いのだ。
酒類の前、弁当の前、菓子の棚の前、ATMの前……。こめかみに銃口を突きつけたまま、歩き回るがどこもしっくり来ない。しかも、それらの場所を通るたびに、自分が拳銃を所有していることが店内の人間にバレてしまっていく。
そろそろ時間がない、決めなければ……。そう思ったとき、既にこちらを警戒し始めていたバイトの一人が、俺に勢いよくカラーボールを投げつけた。
「べちゃ」
俺はカラフルな塗料でべとべとになる。この分だと、恐らく警察も呼ばれているだろう。もう一刻の猶予もない。
そのとき、俺の死ねる場所、いや、死ぬべき場所が天啓のように脳裏にひらめいた。
レジを待つ、あの場所。
俺は、昔から店員に存在を認知されにくい人間だった。そのせいか、いつもいつもあの足跡のような印がついた場所で待たされた。特に品出しのときなんかは、意図的に無視されているんじゃないかというほど待たされ、物品を選んでいた時間のほうが短かったぐらいだった。
言うなれば、コンビニでもっともたたずみ、そして、もっともお世話になったなじみの場所、レジを待つ場所とは、俺にとってそういう場所だったんだ。
俺は、塗料まみれで銃を持ったまま、印の場所まで走り寄った。そこにいる客の男は、俺におびえてビクリと身を震わせて後ろに下がる。俺はそいつの立っていた位置を奪い取り、背筋を伸ばして直立した。そして、レジを待つその印をしっかりと踏みしめていることを確認してから、力いっぱい両の引き金を引いた。
「ビシュッ」
乾いた音が響き渡り、こめかみから何かが入ってくる。俺の体はギョクンと一瞬、飛び上がり、そして次の瞬間力が抜け落ちて、俺はその場に崩れ落ちた。
周囲の人々が遠巻きに俺を見守る中、天井のライトを見つめる俺の目の光は次第に失われていく。
「…………」
静寂。バイトも、商品を手に持つ客も俺を見つめたまま、時間が止まったように動かない。何かの儀式のように、初めから約束されていたかのように。あのクソほど忙しないコンビニに、時が止まったかのような、何もかもが動かない世界が現出される。
しばらくたってからのことだった。
「次の方、どうぞ」
突如、レジに立っていたバイトが、お客さんを促した。
俺が割り込むまで最前にいた客は、それを聞いてすかさず行動に移す。すなわち、俺の片手から拳銃を引きはがし、自らの額に向けて発砲したのだ。
そいつは血を流して崩れ落ちる。それを見て、バイトはなおも続ける。
「次の方、どうぞ」
次に待っていたやつも、拳銃を取り上げ、銃口を自分の心臓に押し当てて引き金を引いた。
「次の方、どうぞ」
次のやつは、拳銃を口にくわえ、頭部をふっとばした。
「どうぞ……」
コンビニ内の数人ほどの客は、全員、体を撃ち抜いてその場でこと切れた。それを確認すると、店員たちはすぐにまた、あわただしく自分たちの作業を再開する。
そのコンビニの、商品の、店員の、死体たちの中心で、ぶざまにくたばっている俺。
生気が完全に失われたその俺の瞳には、天井から光る明かりがキラキラと反射して、ずっと、ずっと鈍く光っていた。