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空墓所から

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6.沈黙の咆哮



 僕は、人からとかく無口だと言われます。

 僕自身も自分をそういうふうに認識しています。

 この間もそうでした。

 提案をする新人、それを押さえつけようとする上司。

 延々と口論は続きます。

 旧習を打破し、より良い会社にしようとする新人。

 威厳を示し、旧来の方法を固持して組織の引き締めを図ろうとする上司。

 その間で、情けなく板挟みになって黙っている私。

 新人の気持ちはよく分かります。

 上司の気持ちもよく分かります。

 どちらの気持ちもよく分かるのです。

 だから、黙ってことの成り行きを見ていることしかできないのです。

 でも、それはどうも良い方法ではないようです。

 とにかく旗色を明確にして、一方を攻撃しなければいけないらしいのです。

 でも、そんなの分かりません。

 だって、どっちの気持ちも分かるんですから。

 決められっこない、決められっこありません。

 だから黙っている。沈黙を決め込みます。

 すると、驚くことに、いつの間にか僕のせいになっているのです。

 分かりません。なぜだかよく分からないのです。

 心でそう叫びながら僕は、曖昧に笑ってやり過ごします。

 悪者であると、無能であると、ひどい烙印を押されながら。

 何も言わない僕の気持ちは、誰もくみ取ってはくれないのですか。

 両者の気持ちを慮り、あえて黙った僕。

 僕は、沈黙を選んだ時点で負けなのですか。

 無様な敗北を喫することしか許されないのですか。

 盗人にも三分の理って言うでしょう。

 どんな無能なやつだって、どんな猟奇殺人犯だって、どんな独裁者だって、

 それなりの言い分ってものがあるでしょう。

 なぜ、黙っている僕には何の言い分もないんですか。

 沈黙も一つの答えじゃないんですか。

 こちらがあなた方の意見を咀嚼して飲み込んでいるように、

 あなた方も私の沈黙の意味を考えてみてくださいよ。

 言ってくれなきゃ分からないなんて、ただの言い訳です。

 黙るのも一つの行動なんです。

 このような行動をした意味を、あなたがたも推測してほしいのです。

 会社の人だけではありません。

 愛する家族だってそうです。

 稼ぎが少ない、家事に協力しろ、どっかへ連れていけ。

 キモイ、臭い、うざい、顔を見せんな、あっちへいけ。

 妻も娘も顔を合わせば言いたい放題です。

 そのくせ、小遣いは減らされ、晩酌もおちおちさせてもらえません。

 それでも、沈黙を貫くのは、何も反論できないからではありません。

 あなたがたの気持ちは、とてもよく分かっているつもりです。

 多大な苦労をかけさせてしまっている妻への鬱屈した感情。

 仕事で疲れ切り、身なりなどを構う余裕のない父への娘の思い。

 それらを、100パーセントではないにしろ、

 重々理解しているからこそ、サンドバッグで居続けているのです。

 例えば、そこで僕が声を荒げて、何らかの反論をしたとしましょうか。

 例えば、そこで僕が思い切って、給与の口座を変えたとしましょうか。

 その先に起こるのは、どう転んだって終局、身の破滅です。

 僕はその終局を、一身でもって防ぎ、食い止めているのです。

 そんなことをしなくてもいい。

 私たちはあなたがいなくても幸せになれる。

 あなた方はそう言うかもしれません。

 しかし、それはあなた方のためだけではありません。

 僕の実家や、貴女の義実家、その他、関係者の方々。

 娘であるあなたの将来のことまで、慮った上での無言なのです。

 あなた方は、もしかしたらそれに気付いているかもしれません。

 でも、気付いていようがいまいがどうでもいいのです。

 僕は、あなた方に手の内がバレていようと、いなかろうと、

 無言を貫き通す所存です。

 僕にはそうするしかないのです。

 愛するあなた方を、言葉の矛で持って傷付けることはできないのです。

 無言の盾でどうにかして受け流すことしかできないのです。

 愛しい妻よ、愛しい娘よ、お世話になっている皆さんがたよ。

 ほんの少しでいいのです。ほんの少しでいいですから、

 盾を持って後ろで縮こまっている、僕の思いをくみ取ってほしいのです。

 家族だけではありません。

 世界中、みんながそうです。

 黙っている人に対しては、何をしていいと思っています。

 あのいじめも、あの炎上も、あの事件も、あの戦争ですらも。

 でも、それは違うのです。

 決して正解ではないのです。

 沈黙は、一つのメッセージなのです。

 沈黙だからこそ言えるものもあるのです。

 それは、くみ取ることが難しいかもしれません。

 それは、勇気のない行動のように思えるかもしれません。

 それは、答えに窮しているように見えるかもしれません。

 それは、一見、全てを放棄しているように感じるかもしれません。

 しかし、なぜ黙ったのか、なぜ黙るという選択をしたのか、

 一瞬でも、少しでも考えてもらいたいのです。

 何も言わないから、俺の勝ちだ、

 何も言わないから、こいつを好きなようにしていい、

 そのような、安易な結論にたどり着かないでほしいのです。

 今、これを読んで、くだらないと黙った人はいるでしょうか。

 あるいは、当たり前過ぎて二の句が継げなかった人はいるでしょうか。

 もしくは、きちがいを無視しよう、立ち去ろうという方はいるでしょうか。

 そこなのです。

 皆さんが、それぞれの思いで黙りこくったように、

 沈黙にはさまざまな意味があるのです。


 さて、そろそろ私はさえずるのをやめて、

 再び沈黙を紡ぐ作業に戻ろうと思います。

 ここまでお読みくださったあなた方。

 くれぐれも沈黙の理由を深く深く考えてみてください。

 くれぐれも沈黙の意味をよくよくかみ締めてください。

 くれぐれも沈黙の意図を把握しようとお努めください。

 そのことだけを、僕は切に切にお願いをする所存です。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔