空墓所から
12.目録
お父さんが嫌いだ。
女子高生なんて立場になると、だいたいみんなお父さんが嫌いになる。うざいから、臭いから、思春期だから、まあ、いろいろ理由はあるだろうけれど。とにかく、ずっと好きなままでいられるいい子は、とてもレアなケースなんだろうと思う。
あたしも、最初に言ったようにとにかくお父さんが嫌い。だけど、その理由は他の子たちとはちょっと違っている。まあ、加齢臭はするし、口うるさいときもあるし、頭もはげてるけど、決してそんな理由でお父さんが嫌いなんじゃない。
お父さんは古本屋をやっている。でも、待って、嫌いな理由はそこでもない。脱サラをしたって、それで収入が激減したって、古本のかび臭があたしたちの部屋にまで入ってきたって別に構わない。古本屋をすることが、お父さんの長年の夢だったことは知っていたし、頑張ってお金をためて、その夢をかなえたことはすごいと思う。それに、仮に古本屋がうまくいかなくても、あたしが大学を出るぐらいのお金はもうお母さんに渡しているらしい。そこまでの覚悟なら、何の文句もない。
でも、どうしても許せないことが一つだけある。だから、お父さんが好きじゃない。
朝、お父さんは誰よりも早く起きて、仕事場である1階に降りていく。あたしの家は、1階が古本屋の店舗になっていて、あたしたち家族は2階に住んでいる。お父さんはお店を開ける前のはるか早朝に、人の目をはばかっていそいそと階下に向かうのだ。
毎朝、毎朝。お父さんはこの行為を続けている。そして、朝食の頃になると、いつのまにか戻ってきて、何食わぬ顔で朝ごはんのテーブルに着いているのだ。
最初、あたしは開業前の準備でもしているのかと思っていた。売上の管理とか、新しく棚に出す本の準備とか、本をまめに虫干ししておこうとか、少しでも早く本が届くように通販の作業をしておくとか、つい先日まで、そんなことをしているもんだとばかり思い込んでいた。
そういうことなら、娘のあたしが手伝ったっていいはず。バーコードを貼る程度のことならできるわけだし。そう思ったあたしは、朝、こっそりと階下に降りる父を、これまたこっそりと後をつけたのだ。
そしたら、何なんだ。
父は目録を片手に、にまにまと締りのない笑みを浮かべながら、何冊もの本にまみれていた。つるつるの頭と野暮ったいメガネが、そのにまにまをさらにひどいものにさせている。
「いやあ。相変わらずいい背表紙だね、たまらないよ」
「おうおう。今日も元気だったかい、麗しの稀覯本ちゃん」
「よーし。みんな、今日から加わる新しい仲間だよ、仲良くしてね」
気持ち悪い。心底、気持ち悪い。
いい大人が不気味な笑みを浮かべて、本に向かって話しかけたり、頬ずりしたり。サイテーとしかいいようがない。あたしはお父さんにばれないように後ずさりをして、2階へと戻ってしまった。
それが一昨日のこと。それ以来、あたしはお父さんを無視している。
父との会話を思い出すと、気持ち悪くて仕方がない。店に並んでいる本たちと同じような感覚で、父はあたしに話しかけていたんじゃないかと思うと、もう嫌で嫌で耐えられない。
あたしは一昨日、昨日と、怒りと嫌悪でイライラが収まらなかった。ろくに食事もとらず、父はもちろん、家族ともほとんど会わず、学校を休んで部屋に引きこもっていた。
そんな引きこもり生活を続けている中で、あたしはあることを思いつく。そうだ、父にちょっとした仕返しをしてやろう。お父さんが、娘のあたしの目に、今、どう映ってるのか思い知らせてやろう。そう考え、あたしは体調がすぐれない中、学校へと向かったのだった。
その日の夕方。
下校の時間、スマホから父に、紹介したい人がいるとメッセージを送る。まだ高校生のあたしがこんなことを言い出すのだから、当然、父は身構えるだろう。しかし、そんなことはどうだっていい。そして、わが家にたどり着くと、父が店番をしている1階の店舗へとずかずか入っていった。
「おい。紹介したい人とか言ってたな。だが、おまえにはまだ早い、早いぞ」
あたしの姿を見るなり、声を荒げる父。それに一瞬、ひるみそうになるが、意を決して合図をし、男子を店舗に招き入れる。
「彼は相沢くん。バスケットボールで県大会まで行ったことがあるの」
あたしの紹介に対して、何か言い返そうとする父。でも口を挟ませない。
「次、伊藤くん。学年でも5本の指に入る秀才で、お父さんは県議会議員」
「次は、唐沢くん。ソシャゲの鬼課金が趣味。ちょっとおとなしいけど根はいい人なの」
「彼は、香田くん。YouTuberをやってるけど、登録者数はまだ二桁。でも逸材よ」
「そして酒井くん。掲示板でのレスバなら誰にも負けないって豪語しているわ」
あたしは次々と入ってくる男子を紹介していく。それに圧倒され、父は完全にパニクっている。
「おまえ、そんなたくさんの男子と……」
そんなお父さんの声を無視して、立て続けに男子を21名紹介した後、あたしは父に小さな冊子を手渡した。
「じゃあ、これ。あたしの彼氏目録ね」
「目録」という言葉とその冊子を見て、父もあたしが何を思ってこんなことをやっているのか理解したのだろう。娘一人とたくさんの男子とそれ以上の冊数の古本にまみれた店舗で、汗だくの額をようやくピシャリとたたいた。
あたしはこの日、登校してすぐにクラスメイトに協力を仰いだのだった。父が古本に異常な愛を注いでいるのを懲らしめるため、あたしも男子に異常な愛情を注いでいる多情な娘を演じるから、今日の放課後だけ、みんな、あたしの彼氏になってくれないかと。
ノリの良いうちのクラスの男子たちは、みんなこぞって協力してくれた。話を聞いた女子も力を貸してくれて、彼氏目録と称したクラスの男子のプロフィール冊子を手早くその日のうちに作り、あたしに渡してくれたというわけ。
父はこの一件で、自分の古本への愛情がいささかゆがんでいたのがわかったと見え、朝、階下に降りるのはやめるようになった。作戦は成功したのだ。
けれども、その代わりに、
「おまえ、嫁に行くなら、あの伊藤ってやつ。あいつにしろ」
と、うるさく言ってくるようになってしまった。