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空墓所から

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「じゃあ、そろそろ催し物のビンゴ大会を始めまーす」
唐突にOの奥さんの声が部屋中に響き渡ったのだ。

 ビンゴ大会? 私はその言葉を聞いてなぜか妙に嫌な予感がした。そして思わず今日のメンバーをもう一度確認する。そうだ、Oの奥さん以外の5人は、つい先日、会社で行われた新人歓迎会の際、最後までビンゴにならなかった運の悪い5人じゃないか。頭の中に妙な不安がよぎる。私たち5人はビンゴに関しては、すでに敗北者の烙印を押されているのだ。
 まあ、でも、ちょうどその時のリベンジ戦だと考えればいい。私はそう考え直し、頭の中に渦巻いた嫌な予感を無理に忘れ去ろうとする。そして、奥さんからビンゴのシートを1枚、もらい受けたのだった。
 シートが5人に行き渡った後、Oの奥さんから今回のビンゴの景品が発表される。
「1位はコーヒーミル、なんと6千円相当です。2位はBluetoothのイヤホン、これは確か3000円ぐらいだったかな。3位はア◯ゾンギフト券、1000円分」
私はこの言葉に思わずギクンと体を反応させてしまう。3位までということは、5人のうち2人が商品にありつけない敗北者ということになる。それは、こないだの歓迎会、そして今回のこの場でも勝利できない者が2人、発生するということ……。
 だが、ビンゴ大会を中止にするわけにはいかなかった。Oの奥さんが私たちにも内緒で企画してくれたこのゲームを、この前、俺らは負けてるからなんて理由で中止にする訳にはいかない。ならばリベンジしましょうよと返されてしまうのがオチだ。さらに敗北するものの気持ちも顧みずに。それに話を聞く限り、奥さんは1万円相当の景品をもう既に自腹で購入しているのだ。私の嫌な予感程度でおいそれとやめるわけには行かない。

 私はそんな現実を突きつけられ、忘れ去ろうとしていた心中の嫌な予感が、さらに確実な「何か」に変化していってるのをはっきりと悟った。なんだって世の中は、こうも勝者と敗者を分かとうとするのだ。商品総額はおおよそ1万円なのだから、全員が2000円相当のものをもらえる、そんなルールで十分じゃないか。
 ついさっきまで優しくて暖かな人だったOの奥さんが、今の私には地獄の鬼のように見えてきていた。そしてそんな彼女に恨みがましい目を向けようとした際、ちょうどゲームが始まったのだった。

「はい、まずは63!」
「46!」
「えーと、14!」
どんどん読み上げられていく数字。しかし私のシートは、いつまでたっても中央部のフリーの部分以外は開かない。

「リーチ!」
数巡目。若手のNくんが、ものすごい勢いであと一マスでそろうことを宣言する。その瞬間、われわれ4人に走る嫌な緊張。
「7番!」
「44!」
「51番!」
われわれの思いを知ってか知らでか、番号は無情に読み上げられていく。しかし私たちの間に動きはない……。かと思ったら、不意に私の横から素っ頓狂な声が聞こえた。
「あ、ごめん。そろってた」
Eさんだった。彼はどうやら本当にリーチを見逃していたらしく、Oの奥さんの傍らでしばらくその旨を説明していた。奥さんによる厳密な審議が行われ、その結果ビンゴが認められたらしく、Eさんは1等のコーヒーミルを手にして無事に勝者となった。

 Eさんがビンゴになってから6巡目。
「あ、リーチ」
上司であるYさんからうれしそうな声が飛ぶ。その一方で、先手を取ってリードしていたはずのNくんの顔から一気に悲壮感があふれ出す。

さらにその2巡目。
「リーチ」
「僕も」
私とOもこの順目でリーチとなった。これで4人全員がリーチで横一線。誰が2位になっても、誰が5位になってもおかしくない状況。みんなの顔に緊張が走る。運命の女神は私たち一人ひとりの表情を楽しむかのように見回しながら、機械をくるくると回転させる。

 そして、さらにその2巡目にそれは起こった。
「18番!」
「ビンゴ!」
「ビンゴ!」
喜びの声を上げたのは、Yさんと私だった。

 その後、奥さんの審議の結果、リーチが早かったYさんが2位となり、私はどうにか3位でギフト券をもらい受けることができた。また、1位のコーヒーミルを獲得したEさんはコーヒーをあまり飲まないということで、誕生日で主役のOにコーヒーミルを譲っていた。

 こうして楽しいパーティはお開きとなったのだが、問題はその後だった。

 この日から半年もしないうちに、パーティの主役であったOがふっと重い病にかかってしまったかと思うと、瞬く間にこの世を去ってしまったのである。そのさまは本当に風が木の葉を運び去っていってしまったかのようで、私たちはまだどこかに彼がいて、ひょっこり現れるんじゃないかと思っているぐらいだ。
 そして、Nくんもやはり鬼籍に入ってしまった。飲酒運転をしていた車が突っ込んだ歩道に運悪く居合わせてしまったらしい。

 二人が続けて世を去ったことを知ったとき、私は脳内であのときのビンゴゲームを思い浮かべていた。あのビンゴゲーム、いや、二つのビンゴゲームの敗者があっという間に二人とも世を去ってしまったのだ。これを偶然と片付けることももちろん可能だ。いや、大抵の人間はそう片付けてしまうだろう。だが、あのとき、O宅でのビンゴゲームを始める前に私を襲った嫌な予感、あれはどう説明をつければいいのだろうか。あのときの予感は、明らかに敗者━━あの日のビンゴの敗者に重大な災いが起こる予感だったのではなかったか。

 でも、このことはいまだに誰にも打ち明けていない。

 それは、亡くなった2人にどこか申し訳ない気がするし、何より、あのビンゴゲームを開催し、夫を亡くして以降、気が触れてしまい、病院で亡き夫の形見のコーヒーミルを空のままガリガリと回し続けているOの奥さんにも悪い気がするから。


作品名:空墓所から 作家名:六色塔