「猫」
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集合住宅(アパート)の外階段
二階の角部屋(自室)目指し足を踏み出す少女が蹲(うずくま)る
息も絶え絶え見上げた
外階段の天辺(てっぺん)
其処(そこ)に座り込む「影」の姿はない
尚且(なおか)つ
買い物袋を提(さ)げた少年が背後から追い越して行く事もない
思う存分、疲労 困憊(こんぱい)
思う存分、日頃の不摂生(ふせっせい)を呪う
鉄骨の外階段を靴音を鳴らす事なく上(のぼ)る
途中、寄った薬局では肝心の代物(ブツ)を
薬剤師不在という理由で入手する事は出来なかったが、まあいい
唯(ただ)の「風邪」かも知れない
取り合えず「体温計」は購入した
取り合えず「冷却ジェルシート」は購入した
食欲があれば良いが
其(そ)の他、諸諸(もろもろ)は少年に聞いてから仕入れに行こう
然(そ)うして間怠(まだる)い深靴(ブーツ)に手を掛けつつ
玄関扉を開ければ真っ暗な一間(ワンルーム)の自室
彼奴(あいつ)、何時(いつ)から具合悪いの?
脱いだ深靴(ブーツ)を
玄関 三和土(たたき)に放(ほう)ると同時に何かに蹴躓(けつまず)いた
有(あ)ろう事か
真っ暗な玄関先に座り込む「少年」
当然、気付く事なく「少年」に蹴躓(けつまず)き倒れ込む「少女」
手にした「鍵」が音を立てて床(廊下)の上を転がる
其(そ)の身体を抱(かか)えられた瞬間
其(そ)の身体を起こそうとした瞬間、思い切り抱き締められた
「御免(ごめん)」
「ずっと斯(こ)うしたかった」
「ずっと斯(こ)うしたくて堪(たま)らなかった」
「嘘 吐(つ)いて御免(ごめん)」
何て答えればいい
何て答えればいいのか
分からない少女の襟元(えりもと)に
顔を埋(うず)める少年が鼻を鳴らして匂いを嗅(か)ぎ始める
「え?」
「ええ?」
当たり前だが、逃げようとするも無駄だった
少年の腕が堅(ガッチリ)、抱(かか)え込んでいる
「お前の髪、良い匂いがする」
「、貴方(あんた)も同じ(も)の使ってるじゃない」
然(そ)うだ
然(そ)うだ、旅行鞄一つでやって来た「少年」だ
何(なん)なら歯磨き粉も共有している
「「僕」とは違う」
「「お前」の匂いだ」
思いの外、抵抗しない(いや、抵抗出来ないよね?)
好(い)い事に心行くまで匂いを嗅(か)ぎ続ける
少年の行動に少女は段段(だんだん)、擽(くすぐ)ったくなってきた
「本当、貴方(あんた)って「猫」みたい」
全(まった)く以(もっ)て直喩(ちょくゆ)じゃない
「猫」其(そ)のものだ
笑い出す少女とは裏腹
「いいよ」
「「猫」でもお前の側にいられるなら」
「「猫」でもいいよ」
少女の襟元(えりもと)から顔を引き剥(は)がす
少年が真っ暗な天井に吐き捨てる
「「僕」じゃあ駄目なんでしょ?」
其(そ)れでも少年に抱き締められたまま
其(そ)れでも少年の肩に凭(もた)れたまま少女は遣(や)る瀬(せ)無い
違う、「私」じゃあ駄目なんだ
如何(どう)言ったら納得してもらえるのか
堂堂巡りの会話に言葉が出ない
不意に
少女の上着の衣嚢(ポケット)
携帯電話がメッセージの着信音を告げる
多分 否(いな)、絶対に「上司」からだ
徐(おもむろ)に身体を起こす
少女に少年も諦めているのか、抱(かか)える腕に引き留める力はない
然(そ)して
床(廊下)の上に転がった「鍵」の存在を思い出し辺りを手探(てさぐ)る
少女の為、切替器(スイッチ)に腕を伸ばす少年が玄関室内灯を点(つ)けた
「、いい」
「、消してていい」
何故(なぜ)か慌て始める少女を余所(よそ)に
先に見付けた少年が手に取る「鍵」を眺めて呟(つぶや)く
「此(こ)れ「あずま」に」
「あずま」とは同級生の女子生徒の名前だ
場都合(ばつ)悪く
少年の手から「鍵」を引(ひ)っ手繰(たく)るように奪うと
少女は彼(あ)の日の事を思い返す
(中学の)卒業式の後(あと)
同級生の家族が営(いとな)む、鉄板焼き屋での祝賀会
其処(そこ)で「あずま」から呼び出しを食らった
女子 便所(トイレ)とは考えたものだ
流石(さすが)の「猫」も此処(ここ)迄(まで)は付いてこれまい
姉御肌(あねごはだ)の「あずま」は
組(クラス)の八面玲瓏(ムードメイカー)で男子にも女子にも好かれている
でもって自分とは「猫」が原因で犬猿(けんえん)の仲だ
言うより一方的に嫌われている
「猫」の手前なのか
将又(はたまた)、自尊心の手前なのか
明白(あからさま)な嫌がらせを受けた事は一度もない
当然、暗(あん)にもない
然(しか)し
「降り懸(か)かる火の粉(こ)は払わねばならぬ」
と、ばかりに身構える自分に「あずま」は「此(こ)れ」を突き出す
「貴女(あんた)は受け取らないと知ってた」
「けど、彼奴(あいつ)は貴女(あんた)が好きで」
「私(あたし)は彼奴(あいつ)が好きって、知ってるよね?」
力説する「あずま」を前に
考えなしに頷(うなず)いた自分が馬鹿だった
「なら、受け取ってよ!」
「私(あたし)の気持ちを汲(く)んで受け取ってよ!」
「あずま」は、ずいずいと自分との間合いを詰(つ)める
「彼奴(あいつ)が貴女(あんた)の為に死守したんだよ!」
「彼奴(あいつ)が貴女(あんた)の為に私(あたし)等(ら)から死守したんだよ!」
其(そ)の結果、竹林に逃げ込む迄(まで)に追い掛けた挙句(あげく)
奪い去って行ったのは何処(どこ)の何奴(どいつ)だ
無論(むろん)、其(そ)れを質(ただ)すつもりはないが
自分の目線から何かを察した「あずま」が自分勝手に宣(のたま)う
「あーでもしなきゃあ、他(ほか)の奴等(やつら)に取られてたでしょ!」
何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も面倒臭い
面倒臭いが「あずま」相手に言える訳(わけ)もなく無言を貫(つらぬ)く
「!!さっさと受け取れ!!」
「あずま」の怒号(どごう)と共に叩(たた)き付けられた
「此(こ)れ」を自分は受け取るしかなかった
受け取ったは良いが如何(どう)にも扱いに困った
「第二 釦(ボタン)」を目印(マスコット)代わりに「鍵」に括(くく)り付けた
湯呑茶碗といい
第二 釦(ボタン)といい
女女(めめ)しく連れて来た「片田舎」の思い出に自分で自分が嫌になる
其(そ)れ以上に
何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も嫌になる
「恋」や「愛」や、嫌になる
だから置いて来たのに
置いて来たのに一番、「嫌」な奴が追い掛けて来た
「貴方(あんた)が」
言い掛けて止(や)めるも矢張(やは)り言い切る
「貴方(あんた)が「あずま」と付き合ってたら好きになってたかも」
もういい
もう嫌われ覚悟で自分の歪んだ性癖を曝(さら)け出してやる
だが、立てた片膝に頬杖を突(つ)く少年は「けっ」と笑うだけだった