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「猫」

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「機嫌、悪い?」

唐突(とうとつ)に然(そ)う問(と)われ
助手席の少女は差し出すカフェカップを滑(すべ)り落としそうになった

間髪(かんぱつ)、受け取る上司が笑いながら付け足す

「眉間に皺(しわ)が寄ってる」

慌てて前髪 事(ごと)
手の平で覆(おお)う少女の腕を掴み寄せる

「俺と居ても詰(つ)まらない?」

専(もっぱ)ら車内デートだ
専(もっぱ)ら宿(ラブホテル)デートだ

然(しか)し其(そ)れは、お互い承知の上
不平不満 等(など)、ない

其(そ)れ等(ら)を言う前に

寧(むし)ろ胸中を隠し切れない
自身の脳力(スキル)の低さに殆(ほとほと)、呆れてしまう

然(そ)う斯(こ)うする内に

少女の手の甲(こう)をなぞる上司の唇が
軈(やが)て辿り着いた桜貝のような小指の爪に噛(か)み付く

微(かす)かな痛みに反応する少女が頭を振った

「、違う」

お構いなしに唇と唇が重なる
然(そ)うして気が付いた煙草(たばこ)の味に少女が身を引く

「吸ってる?」

場都合(ばつ)が悪いのか
肩を竦(すく)める上司が首を傾(かし)げた

「ああうん」

其(そ)れでも
口を尖(とが)らす彼には「禁煙」しなければならない事情がある

「で、何が「違う」の?」

気が削(そ)がれた上、此(こ)の会話をする気がない
上司は少女の「言葉」を持ち出す

然(そ)うしてカフェカップの中身を一口、飲み込む
其(そ)の様子を視界の端(はし)で見る少女は

何を如何(どう)説明すれば良いのか、悩んだ

機嫌が悪い理由?
自分が、機嫌が悪い理由?

二口、三口続けてカフェカップの中身を飲み込む
上司が愈愈(いよいよ)、「一服していい?」と開き直る程(ほど)、悩んだ末(すえ)

「、「猫」を拾ったの」
「、其奴(そいつ)が全然、可愛げがなくて」

一瞬、目を丸くしてから
ゆっくりと頬笑(ほほえ)む上司が訊(たず)ねる

「可愛げがないのに拾ったの?」

「、可愛げがないけど拾ったの!」

力強く頷(うなず)き
力強く断言する少女を前に到頭(とうとう)、上司は笑い出す

「可愛げがない「猫」を拾った結果」
「「君」は機嫌が悪いの?」

「、だから違」

言い掛けたが笑いが止まらない上司の声に掻(か)き消される

「相変わらず「君」って面白いね」

「あれ?」
「「君」の集合住宅(アパート)、愛玩動物(ペット)可だったっけ?」

愛玩動物(ペット)可 所(どころ)か単身者向物件だ

何処(どこ)がツボったのか知らないが尚(なお)も笑い続ける
上司を余所(よそ)に少女は衣嚢(ポケット)から取り出した携帯電話に目を落とす

思えば現在時刻を知りたければ
目の前の「カーナビゲーション」の時刻表示を見れば良いものを
態態(わざわざ)、携帯電話で確認したのは偏(ひとえ)に気になったからだ

カフェスタンドで[遅くなる]と送信した
メッセージに対(たい)する少年の返信が気になったからだ

[夕飯はいらない]と送信しても良かったが彼(あ)の少年の事だ
時間的(終業後)にも夕飯の支度は既(すで)に済(す)んでいると踏んだ

勿論(もちろん)、今日(帰宅)にでも
明日にでも自分は食べる気 満満(まんまん)だったけど

安定の既読 無視(スルー)なら好都合
抑(そもそも)、既読 無視(スルー)以外は思い浮かばない

[ 怠(ダル)い 熱があるかも]

思い掛けない、返信
思い掛けない、返信内容に少女は目を張る

あるかも?
あるかもじゃなくて体温計で測りなよ

と、毒づくも体温計 等(など)、彼(あ)の部屋にはなかった

仕方なく通話する
通話するも呼出音を繰り返すばかりで出る気配がしない

此(こ)のご時世、発熱を看過(かんか)出来ない

「少し海 迄(まで)、遠出して食事をしようか」

少女の行動に
多少、笑い過ぎた事を反省する上司が居住(いず)まいを正して提案する

「美味(おい)しそうなバーガーの店、」

途端(とたん)、携帯電話を「切」る少女が遮(さえぎ)った

「!御免(ごめん)なさい、帰ります!」

言う也(なり)、ドアインサイドハンドルを引いて
車外へと飛び出す背中に上司も上司で状況が飲み込めないまま
一応、「送るよ」と声を掛けたが少女は既(すで)に駆(か)け出していた

作品名:「猫」 作家名:七星瓢虫