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「猫」

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一間(ワンルーム)集合住宅(アパート)
縦、横、奥行も窮屈 此(こ)の上ない廊下 台所(キッチン)

其(そ)れこそ背中を丸めて
其(そ)れでも手際良く作業をする少年を盗み見る

切れ味の悪い三徳(さんとく)包丁に悪戦苦闘する前に
備え付けの水切り棚に置かれた湯呑茶碗を掴むや否(いな)や、一瞬
目を細めた後、陶器の糸底に刃を当て研(と)ぎ始めた

然(そ)うだ
然(そ)うだ、其(そ)の三徳(さんとく)包丁は安物買いの銭失い
御負(おま)けに碌(ろく)に手入れもしていない

少女の母親 曰(いわ)く

「切れない包丁で怪我するのは」
「切れる包丁で怪我するより断然、痛いのよ~」

等(など)、御飯茶碗の糸底で刃を研(と)ぎながら宣(のたま)っていた
(いやいや、砥石(といし)買えよ)

然(そ)して
湯吞茶碗に反応した少年に少女は場都合(ばつ)が悪くなる

然(そ)うだ
然(そ)うだ、其(そ)の湯呑茶碗は「片田舎」の思い出だ

中学校の修学旅行
某(ぼう)遊園地の抽選に外(は)ずれて結局、御決まりの神社仏閣巡り
体験学習は京焼、清水焼 絵付け体験だった

何を描(か)けば良いのか首を傾げた、向かい側
既(すで)に作業に取り掛かる少年の手元を窺(うかが)うが何も見えない
仕方なく「猫」繋がりなのか?、と野良猫の「三毛(みけ)」を描(か)いた結果
真逆(まさか)の少年も野良猫の「三毛(みけ)」を描(か)いていた

二人の湯吞茶碗を並べて
二人の野良猫の「三毛(みけ)」を見比べて
遂(つい)には目の前の少年が「くっくっく」と笑い出す

子どもの頃と何等(なんら)、変わらない
自分には悉(ことごと)く絵心がない

「片田舎」の思い出

「ねえ、」
「ねえ、必要なモノ買って来るよ?」

後頭部を搔(か)きながら何気なく見回した、一間(ワンルーム)の自室
心做(こころな)しか片付けられている気がする

元元(もともと)、「家具」も「生活雑貨」も少ない
当然、「調理器具」も「食器」も足りない

手持ち無沙汰(ぶさた)
訊(たず)ねるも安定の無視(スルー)

軈(やが)て「出来た」と、報告する少年の声に座卓に着く

雪平鍋 事(ごと)、座卓に置かれた「肉じゃが」
玉杓子(たまじゃくし)はないが何故か、網杓子(あみじゃくし)はあったのか
具材を掬(すく)い取る為に添(そ)えられている

土鍋はあるが「米」がない
雪平鍋以外、他の鍋もなければ「味噌」もない

幸(さいわ)い、電子レンジと電気ケトルの御陰(おかげ)か

紙容器に盛られた即席(レトルト)の「白飯」
紙容器に注がれた即席(レトルト)の「味噌汁」が並べられた

仕舞(しま)いには箸(はし)すらない、文字通りの「台所事情」

包装袋から取り出す割箸(わりばし)を寄越(よこ)す
少年に少女が諸諸(もろもろ)の意味も込めて、深く頭を下げて受け取った

「ありがと」

小声で礼を言うが
目も合わせないで頷(うなず)く少年が紙容器に「肉じゃが」を盛り付ける

「いただきます」

久方振(ひさかたぶ)りの「おふくろの味(比喩)」に心を躍(おど)らせつつ
割箸(わりばし)を横向きに持ち、ゆっくりと上に引き上げる

斯(こ)うすると縦向きに持ち、左右に引っ張るより綺麗に割れるのだ
然(そ)うして「肉じゃが」に割箸(わりばし)を伸ばして止める

「肉じゃがに「鶏肉」って家(うち)だけじゃないんだ?」

「家(うち)は「豚肉」」
「此(こ)れは、お前の母ちゃんに習った」

目前に掲(かか)げた「鶏肉」を凝視した後
ぱくっと頬張(ほおば)る少年に少女は素早く半目を呉(く)れる

愛想があるのか、ないのか
自覚があるのか、ないのか分からない

唯、他人(母親)の懐(ふところ)に入るのが恐ろしく上手(うま)い
然(そ)ういう所(ところ)が本当、「猫」みたいだ

と、心中で突っ込む少女に少年が訊(き)く

「何で「鶏肉」?」

再度、「肉じゃが」に割箸(わりばし)を伸ばして止める
少女が首を傾(かし)げた

「何でだろ?」
「学校給食は「牛肉」だったし?」

「肉じゃが」に限らず
「咖喱(カレー)」等(など)も西は「牛肉」、東は「豚肉」が一般的であり
近畿、中国、四国地方では七割が「牛肉」らしい

「何で好きなの?」

「何でだろ?」
「子どもの頃から「鶏肉」だし」
「子どもの頃から「鶏肉」の肉じゃがが好きなだけ」

「僕も然(そ)う」

「御互い、「おふくろの味」だもんね」
と、少女が言い終わる前に割箸(わりばし)を置く少年が言葉を遮(さえぎ)る

「僕も子どもの頃から「お前」が好きなだけ」

学生服の第二 釦(ボタン)の告白 擬(もど)き等(など)、何(なん)の其(そ)の
ド直球(ストレート)の告白に少女は目を白黒させた

其(そ)れでも少年は止まらない

振り返れば女女(めめ)しいが
学生時代、激しく後悔する事があるとすれば唯(ただ)一つ
目の前の少女に正正堂堂「告白」しなかった事、唯(ただ)其(そ)れだけだ

「寝ても覚めても「お前」と居たい、然(そ)う思うのは駄目なの?」

「知るか!、何処(どこ)ぞの「猫」だ?!」
とも言えず無視を決め込み紙容器を抱え込み「肉じゃが」を掻っ込む
少女の行動を見続ける少年が到頭(とうとう)、噴(ふ)き出す

子どもの頃から少年は変わらない
子どもの頃から自分も変わらない、とことん歪(ゆが)んだ人間だ

思いの丈(たけ)を打(ぶ)つける少年を前に少女も正直に答える

「駄目じゃない」
「駄目じゃないけど、相手が「私」じゃ駄目だと思う」

我ながら素気無(すげな)いが
少年を見遣(みや)る事なく再び紙容器を抱え込み「肉じゃが」を掻っ込む

何とも後ろ髪を引かれるような
少女の「返事」に少年は其(そ)れ以上、何かを言う事もなく
少女同様、紙容器を抱え込み「肉じゃが」を掻っ込んだ

作品名:「猫」 作家名:七星瓢虫