クリスマスディナー
「誤解しないでください。とくに意味があってプレゼントしたわけではないんです。下田さんはただの幼なじみですから」
「幼なじみだったら……」
思わず声がうわずった。
「年賀状の印刷も頼めるのですか? 幼なじみだったら気軽に高価なバッグを買ってあげられるのですか?」
感情が昂ぶったことが悔しかった。人前では絶対泣かないと決めていたのに。いつもどんなときも冷静でいる、それが杏子であり、優子との決定的な差だったのに。
「私は、あなたに何かを求めたことはなかった。あなたから何かを求められたこともなかった。それも仕方のないことと納得していたわ。大人の付き合いというのは、甘えることも喧嘩をすることも、わがままを言うこともできないと思っていたから」
立川は答えない。困惑したように下を向いている。
「あなたは私に近づかない。いつも礼儀正しくて冷静で他人行儀で……。私から誘うことはあっても、あなたから誘うことは一度もなかったわ。ベッドの中以外では、私に触らない。はっきり言ってよ、嫌いなら嫌いと」
「……嫌いではないと思いますよ」
「思う、って何よ。自分のことがわからないの」
しばしの沈黙。すっかり冷めきったスープをすくいあげる気もしない。
メインディッシュは鴨のローストだった。絶望に近い気持ちでナイフとフォークを取った。
「あなたは二十五年前と変わらない」
立川は微笑んだ。
「頭脳明晰、決断力と行動力があって、同期中で一番出世する人だと思っていた。そして、その通りになった。一方、僕はもう身体も心も枯れてしまったようだ。気が向いたらときどき逢って、食事をしたらホテルへ行って、寝物語を語って別れる。僕にできるのはそれだけだし、それでいいと答えたのは、あなたじゃないですか」
「……」
「僕は今、あなたの部下です。日東物産営業本部長の沢村杏子、僕は営業部衣料関連課長。僕はいつもあなたに観察され指示されているようだった。でも嫌いだと思ったことはない。それは本当です」
「では……」
杏子はやにわにバックを開き、テーブルの上にルームキーを投げ出した。このあと二人で入るはずの部屋のキーだ。
「幼なじみとじゃれたりふざけたり、ブランド品を買ってあげるような、ままごとを続ければいいわ。それがあなたの望む形なら」
「下田さんにも恋愛感情はありません。あの子は妹みたいなもんです」
杏子は立ち上がった。身をひるがえしたとき、勢いのあまりテーブルクロスを膝に引っかけた。メインディッシュが音を立てて床に散らばり、客たちの驚いた視線が集中した。ボーイがあわてて駆け寄ってきた。
小走りでフロアを飛び出したとき、フロントクラークの声が背中に飛んだ。
「奥様、コートを……」
(了)