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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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22話 交代について






こんばんは、五樹です。今晩、時子は悪夢を見て、起きてからは「また眠るのは嫌」と言い、コーヒーを飲んでしまいました。

それはそれでいいのです。リフレッシュしなければ苦痛で仕方がない時には、後先の事を考える余裕も無い。だから、“後で眠れなくてもっと苦しいかも”という心配は、本人には出来ません。それが出来ないのなら、今の苦痛が浮き彫りになるばかりです。

でもやっぱり、3時間しか眠らなかったら、体は辛い。そこで時子は、僕と交代をしました。僕はあまり肉体的な苦痛を感じない方ですし、好きな時に眠る事が出来ます。


そういえば、「八人の住人」をお読みになって初めて僕達を知って下さった方に、まだお教えしていない事がありましたね。それは、僕達9人の人格が、どのようにして交代するかという話です。

今日は箸休めとして、先程起きた交代のシーンをお見せして、事情を説明してみましょう。


“なんか、疲れたな…もちろん、こんなにちょっとしか寝てないんじゃ、当たり前だよね…”

時子は空になったコーヒーカップを見つめていました。

そして彼女は、突然に瞼が重くなる感覚に戸惑います。

“あ、代わってくれるのかな…五樹さんは、寝ちゃうのかな…でももし、彼以外の人格に変わっちゃったら…”

強い眠気に揺さぶられ、時子はテーブルに頭を伏せます。彼女は大きく息を吐き、目を閉じました。

“まあ、いいや…疲れちゃったし…”

その時、“僕達”に見える物は、時子の心中にある、僕の部屋の景色になり、そうなった時には、“僕達”の主観は、僕だけの物に移っていました。

僕達の交代はそうして音もなく起こります。時子が目を閉じて自分を手放せば、次の瞬間には、別人格が意識を持っているのです。

僕は、自分の部屋のドア前に立ち、ゆっくりドアノブに手を掛けます。そうやって心中で僕が体を動かす時、必ず時子の体の同じ部分が、ピクッと動く事が多いですね。

“最近、交代の眠気は分かるようになったみたいだな。俺が代わってやろうとしている事も、気付いているみたいだ”

そう思ってからドアを開け、僕が格納される部屋から出ようとすると、なんと扉の隙間からは、真っ黒い闇の色をした光が漏れ出します。

見ていて足が竦む、毒々しい黒色の雲のような外気へ。そうして自室のドアを出る時に、僕は意識の上で支配者となり、そこで目を開ければ、僕は時子が眠った場所で目覚めます。

僕達別人格が眠る時には、また僕達にも唐突に強い眠気が訪れ、目を閉じると、自分が格納される部屋の前に立っています。そうして部屋に入り、ベッドに横になってから電気を消すと、もう時子が目覚めているのです。


このように僕達の交代は行われますが、これは少しまどろっこしすぎるように思います。

他の解離性同一性障害の患者を見た事もありますが、その人は、「心の中にスポットライトの当たる椅子があって、そこに腰掛けた人格が表に出る」と言っていました。シンプルな方法だと思います。



闇に踏み出した後で、僕が時たま、目にする物があります。それは、僕達別人格が格納される部屋の外にある、空です。

その空は黒雲がびっちりと多い、雲は、時子の母親が怒り狂っている顔と、全く同じ形をしています。

“まだ縛る気か”

僕はそう思い、雲を睨み付けますが、それが晴れたのを見た事はありません。

時子の心中には、別人格の部屋もありますが、その外側は全て時子自身の領域です。僕達別人格は、入れ子式に、彼女の心の中へ隠されているのです。

僕が交代から戻って時子に意識を渡す時、時子は心中で空高く飛び上がらせられ、母親の形をした雲を酷く怖がりながら、目を覚まします。


時子は、目覚めていたくないのかもしれない。

生まれた時から母親に虐げられていた時子は、「人間とは私を虐げる者だ」という観念を、まだ拭う事が出来ていません。

だから、あの黒雲の顔は、彼女が思う「人間達」かもしれない。


僕は、目が覚めるだけなのに、暗闇色の光に踏み出すのは違和感があります。

でも、時子からしてみれば、心の外に踏み出すのは虐げられる事とイコールなのだし、僕達を幸福の中に送り出している気にはなれないのかもしれません。だからこうなのかもしれないと思います。これらの事も、カウンセリングで良くなる事を祈ります。


本日も、お読み下さいまして、有難うございました。交代がどういった風に行われるのかなんて、もっと早くに説明しておくべきでしたね。それではまた、読みに来て下さると嬉しいです。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎