八人の住人
閑話休題、本日の議題です。それは、この小説の初めに紹介しておいた、「羽根猫」の話です。
あの時は、「長くなるので割愛する」と言いましたが、かなり常識を外れた話になるから、という理由もありました。これは、万人が事実として受け入れる事は出来ないと思います。
少々「六人の住人」の繰り返しになりますが、初めてお読みの方にも分かるように、初めから説明します。
「羽根猫」には、名前も、性別もありません。姿形は、猫に白い羽根が生えたものでした。彼はなぜか、心中に組み立てられたフラットの中で、僕の部屋に居ます。
僕も心中での姿がころころと変わるのですが、羽根猫も同じのようです。桔梗や彰には、ずっと変わらない背格好があります。
羽根猫は、時折タヌキに白い羽根が生えたり、人間の赤ん坊に羽根が生えた形になったりしています。でも、彼はやっぱり、大半は猫に羽根が生えた姿で、羽根の色はいつも必ず白でした。
心中でのシーンは、ある意味、時子の想像の産物でしょう。でも、僕はそこでも、羽根猫の毛並みや、体温の温かさ、体の柔らかさを触って確かめられます。不思議な事ですね。
初め、彼は猫の鳴き声を出すだけでしたが、後に、簡単な会話なら出来るようになりました。
カウンセラー曰く、「胎児の頃のトラウマは、動物的な人格となりやすい」らしいです。時子は双子の赤ん坊だったけど、もう一人は搔爬により亡くなった。多分それだろうと思います。
「お前、名前はないのか?」
いつまでも名乗らない羽根猫に、僕はそう聞いてみました。
「なまえ、って何?」
「ええ?じゃあ、男か女かは分かるか?」
羽根猫は、僕の部屋にあるベッドの上に座り、しょぼくれたように俯きます。
「分からないよ…」
「そうか…」
今の会話など全く振り返らず、羽根猫は顔を上げて僕をみつめ、こう言いました。
「あの子、探して来てくれない?」
“あの子”とは、時子の双子の片割れの事です。
僕はなんと答えればいいのか分からなかった。
「今は探しに行けないよ。俺達は眠らなけりゃ。御本人様が目を覚ますんだからな」
僕達は、時子が目覚めるまでの間で話していました。
「そっかあ」
羽根猫は背中の羽根をしっかりと閉じて、ころりとベッドに横になりました。僕は枕元の間接照明を落とし、そこで世界は暗転しました。
羽根猫に名前や性別が無いのは当たり前かもしれないと、僕は思います。彼は、まだ男としても女としても扱われる事はなく、誰に名前を呼ばれた事もない頃の記憶。だったら、何も知らないでしょう。
でも、ある日、僕はさすがに驚く事に対峙しました。
僕がいつも通りに心中に戻り、自分の部屋に帰ると、一斉に幾つもの目玉がぎょろりとこちらを向いたのです。
「えっ」
驚きました。そこには、羽根の生えた猫が、数え切れない程居たのです。
「お前、なんで増えてんの」
そう聞いてみると、猫達は羽根をばたつかせながら、にゃーにゃー叫びます。もちろん僕に意味は分かりません。
羽根猫は、言葉を喋るようになってからも、時々は本当に猫のように、鳴く事しかしない時もありました。その日はそうだったんでしょう。
僕がひとまずは寝ようとしてベッドに上がると、そこへ間髪入れずに猫達が押し寄せて来ました。
「ああもう、うっとうしいな!多すぎるよお前ら!」
いくら僕が犬より猫の方が好きでも、何十匹もの猫にまとわりつかれたら、そう言います。
羽根猫達はそんなのお構いなしに、僕の体の上や腕の横など、思い思いの場所に陣取って眠ろうとする。僕はその重みや、寝床の狭さを感じながら、ため息を吐きました。
僕は時子の心中で起こる事や、彼女の感情なら、全てを知っていて、説明出来るという自負がありました。でも、今回ばかりは何も分かりません。
とにかく、僕は今、部屋に帰る度に、猫の大群に襲われています。これが良い事なのか悪い事なのかは分かりませんが、多すぎる事は確かです。
今回はこの辺で失礼します。とても掴みづらく、よく意味も分からないお話にお付き合い下さいまして、本当に有難うございました。なんだかすみません。それではまた。